しかし、よく見ると、オー部長の図面には、調査団が提出したものと同じイワタジ駅が描かれている。調査団が提案した旅客用の車両基地の予定地の隣に、コンテナ貨物を積む貨車用の車両基地と、引込線と呼ばれる線路が1本、書き加えられていたのだ。
「旅客用の車両基地を日本に建設してもらったら、貨車用の車両基地は自分たちで作りたい」と意欲を見せるオー部長の発言を聞き、胸をなで下ろした佐藤さん。
「旅客用の車両基地の建設予定地がMR内部の資料にきちんと記載されたということは、われわれの提案がミャンマー政府内できちんと認識された上で、彼ら自身の計画も進められていると理解できる」と手応えを感じたようだ。
続いてメンバーたちは、車両基地の設計に盛り込むべき仕様についても協議した。どれぐらいの規模でどんな設備が必要か明らかにするために、まず、佐藤さんは想定される車両基地の組織図をパワーポイントに映し出し、働く作業員の人数を「約700人」と見積もった。
それに対し、オー部長は、組織図に書かれた部署1つ1つについて「この部署はこの下に持ってくる」「この部署は独立させる」「このポストを新たに作る」などと指摘。「全部で1000人以上の組織になるはず」だと主張した。
その後も、気動車をどれぐらいの頻度で定期的に検査するか、年間に検査する車両は何両か、1カ月あたりの車両基地の稼働日を何日にするか、列車を停車させておく線路は何本必要か・・・など、細かい点にわたって協議が続けられ、話が詰められていった。
2時間におよぶ協議を終えて調査団のオフィスに戻る車の中が「今日は大きく前進した。なんとかまとまって良かった」という安堵感と、ほっとした空気に満ちていたことは言うまでもない。