油を使わなければ真の炒め物にあらず

変わるキッチン(第13回)~炒める

2015.05.29(Fri)澁川 祐子

 しかし、そこからの普及はめざましかった。1961(昭和36)年には、「一日一回フライパン運動」、別名「油炒め運動」なるものが厚生省によって提唱される。これは一日一回、フライパンを使って油料理をしようという運動である。当時の日本人に不足していた油脂類と動物性たんぱく質を増やそうという栄養指導の一環だった。

 こういうと、いかにも当時の人々が油を使った炒め物をあまり口にしていなかったように思えるが、決してそうではない。『朝日新聞』の1961年8月28日夕刊には、その指導的立場にあった栄養士の近藤とし子氏が運動を始める前の状況を、<油いためをやるにはやっても週に二、三回というのがほとんどでした>と述べている。近藤氏としては「もっと食べたほうがいい」という意味を込めた発言だろうが、現代の人間からみれば週2~3も食べていれば十分という気がする。裏を返せば、1960年頃には炒め調理がそれなりに普及していたということだ。

 運動が始まった頃には、新種のフライパンも登場している。「こげつかないフライパン」の売り文句で広まったフッ素樹脂加工のフライパンである。

 この新しいフライパンの先陣を切ったのは、フランスのティファール社である。1956年に、世界で初めて「こびりつかない」鍋を発売。また1961年にはアメリカのデュポン社がテフロン加工(デュポン社の商標で、フッ素樹脂加工の一種)のこげつきにくいフライパン「ハッピーパン」を売り出し、大ヒットとなった。

 商品テストで名高い『暮しの手帖』では、1962(昭和37)年9月号でいち早くこの新種のフライパンを取り上げている。鉄やステンレス、アルミのフライパンとともに比較検証し、<このフライパンの欠点は、実に弱いということです。よほど神経質に使わないと、すぐダメにしてしまいます>と言い切り、最終的に鉄のフライパンの右に出るものはないとしている。

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