「空母6隻動員」はもう不可能か? 中国海軍の台頭で直面する米海軍の限界

 2003年のイラク戦争時、米海軍は最大6隻の空母を中東周辺に急行させ、水上戦闘艦40隻以上も随伴した。この時、米海軍の空母数は12隻で、瞬間風速とはいえ半数の6隻を出陣させたことは異例中の異例で、かなり無茶な「ウルトラC」だった。

 米空母は「実戦配備」「準備・訓練」「整備・点検」を、6~8カ月のサイクルでこなすのが普通で、さらに数隻が大規模改修(核燃料交換など)で長期間ドック入りとなる。そのため、空母12隻体制の2003年当時も「太平洋、大西洋に1隻常駐」という張り付けはせず、必要に応じて急派させる柔軟体制をとっていた。

 そこでイラク戦争時は、他海域への空母展開を一切無視した。中東周辺一点に集中し、即応可能な4隻に加え、訓練中や修理完了直後の空母計2隻も強引に動員(サージ=増派展開)し、イラク周辺に差し向けた。

 これが可能だったのは、当時アメリカが唯一の超大国で、海軍力で対抗する国が皆無だった理由が大きい。中国の海軍力もまだ非力で、初の空母「遼寧(りょうねい)」が就役するのは、約10年後の2012年である。

 同時にイラクはペルシャ湾最奥部だったため、サウジアラビアやカタールなど湾内にある同盟国の港湾を活用でき、補給・休養面で圧倒的に有利だった点も、長期間における空母の稼働率・士気の維持に有効だった。

 とはいえ空母6隻動員は弊害も多く、乗員の疲労困憊や即応率の低下、空母戦力全体のスケジュールの破綻などを引き起こした。

原子力空母の飛行甲板要員は非常に激務で長期間任務は疲労による士気低下の懸念も。フライト・オペレーターの指示に従い原子力空母「エイブラハム・リンカーン」から発進するF-35Cステルス戦闘機(写真:米国防総省サイトより)

 現在の米海軍の空母11隻体制も、基本的に常に空母が世界中をカバーするスタイルではない。「即応」3隻(数日以内に出動)、「準即応」4隻(休養、訓練、軽微な修理を兼ねた待機で、数週間で出動)、「非即応」4隻(大規模修理でドック入り)が基本形である。

 これを基に、アジア太平洋1~2隻、中東0~1隻を遊弋(ゆうよく/軍艦が航行すること)させ、欧州は通常0隻としている。緊急時は「準即応」の2~3隻を「即応」に繰り上げて5~6隻に増強(数カ月間)し、「準即応」は「非即応」の1隻の工事を切り上げ、2~3隻体制にして、本国待機とする仕組みである。

 ただし、2003年のイラク戦争時と現在とでは国際情勢が全く異なる。

 中国は海軍の急激な台頭で、間もなく空母3隻体制を確立する勢いで、米海軍はそれにも対峙しなければならず、2003年のように中東海域に6隻も空母を展開できない。少なくとも「即応」空母2隻を太平洋側に温存し、万が一、台湾問題や北朝鮮問題などが緊迫度を増した場合でも、直ちに出撃しなければならないからだ。

 こうした情勢を考えれば、現実問題としてイラン攻撃に動員できる米空母は最大4隻で、うち2隻は「準即応」の繰り上げ出動のため完全ではなく、数カ月での交代が必要だ。イラン周辺に浮かぶ空母の数を維持するため、やりくりは極めて大変なのである。

原子力空母「エイブラハム・リンカーン」の飛行甲板上で、多数並べられた精密誘導爆弾JDAMを搭載直前のF/A-18E戦闘攻撃機(写真:米国防総省サイトより)

 また現在、アラビア海(インド洋)と東地中海に1隻ずつ展開するが、空母は基本的に1カ月(4週間程度)で、別の空母とバトンタッチし、休養と修理のため近隣の同盟国・友好国の港湾に寄港するのが普通だ。

 だが、イラク戦争の時と違い、イランはペルシャ湾とアラビア海を連絡するホルムズ海峡を3月2日に封鎖したと宣言した(米中央軍は「同海峡は封鎖されていない」と表明)ため、ペルシャ湾内にあるUAE(アラブ首長国連邦)やカタール、バーレーン、サウジの港湾を使用するのは控えるはずである。

 それ以前に、対岸がイラン本国で距離が近過ぎるため、イランのミサイル・ドローン攻撃の危険性が高い。米軍艦は同湾内の港湾に寄港するのは避けるだろう。同様に同湾外の同盟国オマーンの港湾も使用は困難だ。

 そうなると、ホルムズ海峡から距離にして約1900kmのジッダ(紅海沿岸。サウジ)、約2200kmのジブチ、約4100kmにあるインド洋の真ん中に浮かぶ英領ディエゴガルシア島(巨大な米軍基地がある)など、遠くの数カ所にとどまるしかない。

 さらに大規模な修理が必要となれば、約5800kmのシンガポールや約9000kmのパース(豪州)まで行かなければならず、後方支援上のアキレス腱となっている。