現代ファイナンス理論と市場の電子化、エプスタインの光と影

 1971年、ジェフリー・エプスタイン少年がアート&テクノロジーの「クーパー・ユニオン」からクーラント数理科学研究所に移籍した頃、世界初の電子株式市場(National Association of Securities Dealers Automated Quotations)、NASDAQが設立されました。

 背景にはコンピューターによる需給情報の整理を目指すNASDAQの目論見がありました。

 次いで1973年、国際銀行間通信協会(SWIFT)が設立され、金融機関間の安全なデータ転送の国際標準が確立。この時期、ジェフリー・エプスタインは大学での研究に見切りをつけつつあり、翌年には高校に数学・物理教師として就職。

 SWIFT設立から3年後、1976年にはニューヨーク証券取引所(NYSE)が「指定注文ターン・アラウンド・システム(DOT)」を導入し、注文の電子伝送が可能になりました。

 つまり、ジェフリー・エプスタインが数学教師だった数年間は、米国の株式や証券の取引がコンピューター化、自動化される、まさにそのタイミングに重なっているのです。

 ベアー・スターンズの会長は息子や息子の高校の数学の先生に「取引を電子計算機で最適化、自動化するというのだが、数式が出てくるばかりで、さっぱり分からん」などと相談していたことが想像できます。

 我々数理や物理を扱う観点からは、こうしたものは、それこそ高校数学に毛が生えた程度だと思いますので、2年飛び級で秀才だったと呼び声の高いジェフリー・エプスタインには赤子の手をひねる程度のことでしかなかったのだと想像します。

 他方、当時の投資銀行では経験と勘に頼るトレーダーが主流を占めていたわけで、市場の電子化以降、どのように経営戦略を立てればよいか、混乱を来たしていた可能性が高いと思われます。

 日本でも1985年から自動取引化が進み始め、1990年11月、東証に「立合場事務合理化システム」が導入されます。

 しかし、その合理化以降も1999年まで「立合所」での「場立ち」は続き、トレーダーが「手振り」のハンドサインで取引情報をやり取り、勘を働かせて高度にアナログなトレーディングを続けていました。

 こうした、目にも見え、活気のあった証券取引所が、システムの電算化、自動化・合理化などによって旧来の第六感の働きにくい「フェアな」システムに変質したわけです。

 2010年以降は、自動取引システム「arrowhead」が稼働して処理速度が大幅に上昇、ミリ秒(1000分の1秒)単位での高速取引が可能になるに至る経緯、あるいは取引所のシステムトラブルが多大な影響をもたらす経緯などは、読者もよくご存じと思います。

 こうした「大変革」の最初の曲がり角に立っていた1970年代の米国で、古典的なトレーダーたちが当惑するなか、数学を背景に登場した若き俊才ジェフリー・エプスタインは、極めて初等的なリテラシーでも初期の電子市場では大きな商いや利ざやを稼ぐことができた可能性は十分にあるでしょう。

 かくして、20代半ばのユダヤ人青年、ジェフリー・エプスタインは、アメリカン・ドリームの一つを手にすることになったのだと思われます。

 同時に、一個人としては20代半ばの青年で、身体的な活力にも満ちていたのでしょう。そのような時に変にあぶく銭を手にしたことが、悪癖の原点になったと考えると、辻褄が合います。

 これと似たことは、その後も幾度か繰り返されます。

 2000年前後のウエブでビッグデータの囲い込みを断行したGAFAは、青年たちが巨万の富と力を手にするねじれを創り出し、今日に至る新自由主義的な環境が形成されました。

 勝ち組だったジェフリー・エプスタインは、リーマンショックを挟んで苦境に立った学術界をスポンサーとして支えた時期もあったとされます。

 2012年以降、世の中のAI化が進み始めますが、AIが本格的に市場デビューするのは、米オープンAIの生成AI「ChatGPT」が登場する2022年からです。

 それ以前にエプスタイン問題が表面化し、エプスタイン元被告は一部で死因に疑問を投げかけられている謎の自殺、MITメディア・ラボは評判が失墜します。

 かつてなら、生成AIでデジタルガジェットなど大いに売り出したであろうMITメディア・ラボ近辺が最近すっかり静かなのは、こうした背景が関係していると思われます。

 ドイツのミュンヘン工科大学や日本の東京大学が進めるAIベースのSTREAMM教育は、20年前ならメディア・ラボが独占しただろうブルーオーシャンに乗り出す意図があるわけです。

 STREAMM教育はドイツと日本の大学(主としてミュンヘン工科大学と東京大学)が提携して2015年から教材開発している科学(Science)技術(Technology)と省察(Reflection)、倫理(Ethics)、芸術(Arts)、数理(Mathematics)そして音楽調和(Music)を情報システムで架橋する教育カリキュラムです。

 1970年代に形成された「電子市場」は、1952年に「ポートフォリオ選択論」を提唱したハリー・マコーヴィッツ(1927-2023、1990年度ノーベル経済学賞受賞者)の理論を先駆けに、70年ユージン・ファーマ(1939-、 2013年度ノーベル経済学賞受賞者)が体系化した「効率的市場仮説」をもとに創り出された面があります。

 それは人類の歴史上、初めて「数学が作り出した経済市場」でした。

 そこでは旧来の経験的なトレーダーの勘だけでは勝負はできません。数学、応用数学、物理などの知恵が役に立ちます。この事情はAIによる「機械学習」のケースでも全く同じことが言えます。

 1970年代、そのニーズに合致した時代の申し子の一人が、ジェフリー・エプスタインだった可能性が高いという、一般的側面を強調しておきたいと思います。

 最後に、今回の内容の後半部分は、2001年、当時は青山学院大学におられ、1970年代の変革期を大蔵官僚として過ごされ、米国留学、米UCLA修士、イェール大学の博士学生としても市場の電子化を現場で体験された野口悠紀雄先生にご教授いただいた内容を参考に記しました。感謝とともに申し添えます。