高校数学教師・エプスタイン

 エプスタイン元被告は素粒子や宇宙など、理論物理学に強い憧憬をもっていたようです。このあたりは国際的にほとんど指摘されない部分ですが、あえて踏み込んで記してみます。

 エプスタイン元被告は1953年にニューヨーク市ブルックリン区のユダヤ人家庭に生まれました。

 父親はニューヨーク市に勤務する公園の庭師で、それほど裕福な家庭ではなかったようです。そうした家によくあることですが、親は子供の教育に力を入れ、ジェフリー・エプスタインも大変に優秀な成績を収めます。

 ゲルマンがノーベル賞を受けた1969年、いまだ冷戦の最中でベトナム戦争が泥沼化していた頃、16歳のジェフリー・エプスタインは高校を2学年飛び級して卒業。

 ただちに、授業料が全額免除される理工系・アート系のトップスクール、クーパー・ユニオンに進学しますが、2年で中退。

 18歳の1971年には米国数理教育の最高峰、ニューヨーク大学クーラント数理科学研究所に入学、心臓など臓器の数理科学的な研究に取り組んだとされますが、74年、21歳で中退してしまいます。

 そののち、マンハッタンの超エリート高校「ダルトン・スクール」で数学と物理の教師として採用されますが、大学卒と経歴を詐称していた可能性があります(のちにベアー・スターンズ投資銀行に転職した際、学歴詐称が発覚したことは報じられています)。

 この高校数学教師時代、在学生の中にベアー・スターンズ銀行会長の息子がおり、何らかのきっかけで銀行と関係ができ、2年後の1976年、23歳で高校勤務を退職、4年後の27歳には同銀行の準経営者(リミテッド・パートナー)となる大出世を果たしました。

 若くして巨万の富を手にし、そのあたりから報じられている様々な乱行が始まるようです。

 この「出世」に関して「当時からエプスタインは恐喝などで蓄財した可能性があるのでは?」といったゴシップまがいの欧文記事も目にしますが、証拠があるわけではありません。

 私としてはそうしたゴシップに目を向けるより、この時期に金融の世界で起きた変革に注意すべきと思います。