モンゴル出身力士の強さに頼りながら、暴力問題が起これば「当事者」として切り捨て
相撲協会は、これまでも暴力問題が起きるたびに、当事者を厳罰に処すことで事態の沈静化を図ってきた。時津風部屋事件、日馬富士の引退、そして前記した宮城野部屋閉鎖の引き金となった北青鵬の暴挙。これら暴力行為が伴う問題発覚のたびに角界は激震に見舞われ、そのたびに「再発防止」の題目を掲げてきたが、その実態はあまりに脆弱である。
なぜ、どれだけ厳罰を科しても、また次の不祥事が起きるのか。それは、協会が本質的な解決を避け、不祥事のたびに当事者を切り捨てる「トカゲの尻尾切り」で幕引きを図ってきたからに他ならない。
白鵬氏に対して「監督責任」を理由に厳罰を下し、部屋を潰した際、協会はそれで問題が解決したと過信したのではないのだろうか。
移籍した力士たちのメンタルケア、そして「最強の横綱」であるがゆえに強権的になりがちな新師匠へのガバナンス。それらを放置したまま「吸収合併」を強行した協会の不作為こそが、今回の悲劇を招いた遠因と言えるだろう。これまでの反省が全く生かされていない事実は、あまりに重い。
特に歴代のモンゴル出身横綱たちが、ある者は「暴力の当事者」として、ある者は「監督責任の欠如」として相次いで糾弾されている――。この現状は明らかに異常事態である。
彼らが異国の地で頂点を極める過程で背負わされる「孤独」や、頂点に立ったがゆえの「特権意識」。それらを適切にコントロールし、現代社会のルールやコンプライアンス意識を植え付けるべき教育システムが、協会内で機能不全に陥っているのではないか。