「冬眠」から目覚めて快進撃
平林は大学3年時に箱根駅伝2区を区間3位と好走すると、大阪マラソンを当時・初マラソン最高となる2時間6分18秒で優勝した。しかし、大学4年時は箱根駅伝2区で区間8位と伸び悩み、別府大分毎日マラソンは30km過ぎにトップに立つも終盤失速して、2時間9分13秒の9位に沈んでいる。その後、平林は「冬眠」に入ったという。
「別大マラソンで負けて、何もかも失ったかのような顔をして帰ってきたんです。2週間ほどお休みをいただいたんですけど、そこから何事もうまくいかなかったですね。寮生活から一人暮らしの環境になり、マットレスとダンボールの机しかないような部屋で2か月ぐらい生活しました。走るのが先か、日常生活を整えるのが先か。よくわからなくなって、大学駅伝がなくなり、目標もうまく見つけられず、目覚めるまで結構時間がかかったんです」
一時は「死んだ魚の目」をしていたというが、故障が完治して、復活の道を進んだ。「本当は行きたくなかった」という東京世界陸上のマラソンを現地観戦して、「やっぱりマラソンをやりたい」という気持ちが強くなり、調子を上げていった。
11月の八王子ロングディスタンス10000mで自己ベストとなる27分37秒13をマーク。ニューイヤー駅伝の最長2区を区間3位と好走した。そして3度目となるマラソンで自己新の2時間6分14秒で日本人トップに輝いた。
「初マラソンは怖いものなしで走ったんですけど、今回はMGCの出場権がかかっていました。マラソンで苦い経験もしてきているので、そこは全く違うかなと思います」と平林。今回は、勢いだけで走った2年前の大阪とは“価値”が異なるようだ。そして今後については、「海外マラソンでタイムアタックができる環境をしっかりと整えて、そこにチャレンジしたい」と貪欲に上を目指していくつもりだ。