実態に見合わない死者数算定、公聴会前に決まっていた補償額
2020年の豪雨災害で被災した市花保さんは、国によるダム推進根拠に異論を唱えた。
「国会議事録によれば、川辺川ダムがあれば(略)想定死者数が120人から1人に減少すると答弁されています。しかし、(略)国土交通省の想定死者数の軽減効果の算定は、米国のモデルを流域環境に適合させたもので、地形・人口・避難環境を無視した不適切な手法です。(略)このような仮定に基づく数字を公益性の根拠にすることは極めて不合理です。(略)起業者と認定庁が同一である構造により、中立性・公正性が担保されず、公益性の評価が歪められる危険があります。2020年豪雨の検証も不十分で、それを踏まえない公益性の主張は合理性を欠きます。(略)災害の記憶は未来への教訓であり、現場の声を置き去りにしたまま進める認定には強く異議を唱えます」
しかし、国土交通省が、公聴会を消化試合のような扱いで、軽視していたことは明らかだ。事業認定後に話が始まるべき漁業補償額を、球磨川漁協に約8億1000万円として公聴会開催の2カ月以上前に提示していたからだ(熊本日日新聞2025年6月27日)。
球磨川漁協は、公聴会のわずか数日後の2025年9月11日に総会を開き、多数決でその額で補償案を受け入れ、14日には漁業補償契約を結んだ。
「落ち込んどる」漁師の苦渋の決断
「速攻で来た」と、国土交通省の動きを振り返ったのは、球磨川漁協の組合員の一人、吉村勝徳さん(78歳)だ。
吉村さんは、川辺川ダム建設は漁師にとって「百害あって一利なし」だと、反対運動の先頭で漁協組合員を鼓舞し、2008年に蒲島郁夫・前熊本県知事が中止宣言をするまで運動を導いた立役者の一人だ。
前回は補償案をはねつけた漁協が、今度はなぜ受け入れたのか。聞くと、吉村さんはこう教えてくれた。
「あれから組合員も高齢化して、残っていた仲間も、2020年に大水害があって、ことごとく被害にあった。川端に住めなくなって、被災者住宅に移って、漁ができなくなった。船も流され、船を作る大工さんもいなくなった。ダムを作りたい側の人たちには、前の時に時間をかけ過ぎて、反対運動に負けたという反省があって、速攻できた。間に合わなかった」
そして、今度は、自分も「何も書かずに白票を入れた」と明かした。
「本当は『反対』て書きたかったけど、漁協を潰すわけにいかない。補償案を認めるとダムを認めることになってしまう。だけん、紙をもらってすぐ投票箱にいって白紙で入れた。落ち込んどる。組合員約800人のうち500人以上が老齢で、補償金をもらったらもう辞めるやろね。そしたら漁協の存続そのものが危うくなる」と吉村さん。