しかし、保守系有権者からの支持を得たい政治家は、靖国の戦死者への感謝を態度で示す必要があります。このあたり立場の違いだけでなく、安倍首相の先祖が岸信介であることも大きいと思います。

 岸信介はA級戦犯容疑者でしたが、容疑が晴れ、釈放されました。しかし、1956年に岸が石橋湛山内閣の外務大臣に任命された際、昭和天皇は「彼は先般の戦争において責任がある。その重大さは東條(英機)以上であると自分は思う」と述べたとされているのです。

 昭和天皇のこの言葉をふまえれば、清和会のメンバーによる靖国参拝という行動は、皇室の方々の目には、天皇の気持ちを無視した行為と映っても仕方がありません。

清和会の歴史観、高市首相は乗り越えられるのか

 この“対立”は歴史観にも及んでいます。毎年、8月15日、日本武道館で行われる「日本戦没者慰霊の会」での式辞がその証拠となるでしょう。

 安倍晋三首相は2020年の8月15日、全国戦没者追悼式で「戦争の惨禍を、二度と繰り返さない。この決然たる誓いをこれからも貫いてまいります」との式辞を述べました。

 一見、平和を希求する決意を述べたようにも見えますが、そこからはそれまでの式辞にあった「歴史の教訓を深く胸に刻み」(2019年)といった過去の歴史に「向き合う」姿勢を示す言葉が消えていました。

 安倍氏は、第1次政権の2007年の式辞では「過去を謙虚に振り返り」と述べ、第2次政権発足後の13~19年の式辞でも「歴史に対して謙虚に向き合い、学ぶべき教訓を深く胸に刻みつつ」(13年)、「歴史に謙虚に向き合い」(14年)、「歴史を直視し」(15年)、「歴史と謙虚に向き合い」(16~18年)などと述べていたのです。

 さらに安倍首相は、第1次政権当時は、過去の歴代首相と同様、アジア諸国民に与えた「多大な損害と苦痛」への「深い反省」を述べていましたが、第2次政権発足後は言及しないようになりました。

 こうしてみると、侵略戦争や植民地支配への安倍政権の姿勢は、天皇家の式辞とはかなり違って見えます。

 天皇の式辞は、反省や謝罪という言葉は使わずとも、「悲しみと平和希求」を核にしています。天皇時代の上皇陛下が、様々な式典などで口にされるおことばには「過去を顧み、深い反省の上に立って」という表現が定着。節目の年(2015年=戦後70年)でも「深い反省」を明言し、対外的に大きく報じられました。アジア諸国を含む多くの犠牲への思い、戦争の惨禍への反省と不戦の誓いを繰り返し言及。これが「加害への反省を含む趣旨」として国内外で受け止められてきました。

 今上天皇は、さらに踏み込み、令和元年の初めての全国戦没者追悼式でも、「過去を顧み、深い反省の上に立って」平和を願う旨を明言しました。

 このように、皇室の歴史観と清和会の歴史観には隔たりがあります。ということは、仮に高市氏が「愛子天皇」実現に踏み出そうとしても、清和会の歴史観がそれを阻む可能性があるということです。

 もし愛子天皇が実現した場合、国際会議の儀礼として、皇帝・法王・国王→大統領→首相が序列のルールですから、「愛子天皇」が国際会議の真ん中でやさしく柔らかなほほ笑みを見ることができるのです。それが、平和を希求する日本にとってどれほど有益か。高市氏だけでなく清和会も国の将来を考えて決断してほしいものです。