SNS・有名人の「素敵」はモデルルーム
飯島:有名人の“素敵”は住宅展示場のモデルルームに似ていると書かれています。
山田:僕らの仕事は、大きく言うとショービジネスですから。モデルルームみたいに「綺麗やな、素敵やな」と人々に思わせることが、実力として認められる世界でもある。だから素敵を見せること自体、僕は悪いとは思わないんです。
ただ、それを真に受けちゃダメですよ、ということを伝えたい。なんでモデルルームがあんなに素敵に見えるかというと、そこに誰も暮らしてないからなんです。
芸能人やSNSのインフルエンサーのキラキラも、誰も暮らしてないから綺麗に見える。週末のバーベキュー、習い事、映え──。そういう素敵が商売になってる部分が実際ある。
僕自身、ここ数年ずっと生き方を煽られる感じがしている。そんなに週末、仲間と一緒にバーベキューに行かなあかんかね、とか。ガラスの筒に草や葉っぱや花を入れて、油を注いでフタして……。あれ、ハーバリウムって言うんですか、そういう教室に行かないとダメですかね、みたいな。暮らしそのものが煽り運転になってる感じがする。
だからこそ、キラキラと自分の人生の車間距離をもうちょっと考えた方がいい。キラキラ自体を否定したいわけじゃなくて、「キラキラしてないとダメ」という圧が時には暴力にもなるよ、と言いたいんです。
飯島:人生において、励ましの言葉が全く浸透してこない時期もあります。そういう時期を山田さんはどのように捉えていますか。
山田:僕が引きこもってる時なんて、周りの誰の言葉も受け入れられませんでした。「夏だぜ外に出よう」みたいな有名な曲も全部ダメ。背中を押してくれる一冊みたいなものに触れすぎると危ない時もある。こっちは崖っぷちにおんのに、今押すなよ、ってなるから。
結論として、人を変えうる魔法の言葉はないんです。「これこれこうでこうこうこうやで」と言われて、目が覚める、みたいな言葉はなかなかない。
結局、どのタイミングで状況を脱するかというと、とことん疲弊して、しんどいな、疲れたなというゲージが溜まりきった時に、自分を諦めてあげられるかどうかやと思うんです。
「あ、俺にはもうこれは無理なんや」「ほとほと分かったわ」「これは向いてない、得意なことじゃない」。そうやって自分を諦めてあげられる心境になった時に、初めてとりあえずできることだけでもやろうと足元が見えて、ちょっと楽になれる。
なのに世の中は、なかなか諦めさせてくれない。常に「うつむいてないで顔上げろよ」と言ってくる。そういう意見とどう対峙するか、そこが大事なんやと思います。