雨と鉄砲の「差」が勝敗を分けた?史料と研究を踏まえた新解釈
そうして今川義元の居場所を突き止めた信長は、ついに動き出す。
今川義元が桶狭間山に陣を張っていたところを、正面から襲撃。『豊臣兄弟!』では正面攻撃説がとられることになったが、今川義元を討ち取るまでのプロセスにおいて、本作ならではの脚色も加えられた。
「桶狭間の戦い」での雨の影響については『信長公記』の記述に従うならば、信長軍は空が晴れてから攻撃に出ているため、さほど関係していないようにも思える。
だが、歴史学者・服部英雄の『桶狭間合戦考』では、〈今川義元の敗因は野営中に雹に打たれたことにある〉とし、気温が低下するなかで今川軍は体力を奪われ、火縄銃が使えなくなったのではないかと推測している。一方の信長軍のほうは砦にいたため、大雨の影響を受けることなく今川軍を攻撃できたのだろう──と論を展開した。
今回の放送では、まさにそんなシーンが描かれた。信長軍が火縄銃をどんどん撃ってくるので、義元が「我らも鉄砲で応戦せえ!」と命じるも、家臣からは「先ほどの雨で使い物になりません」と意外な事態を明かされる。「なぜ向こうは使えるのじゃ」と問うやいなや、信長軍に攻め込まれて、義元は討たれてしまった。
義元が抱いた疑問の答えは、少し前のシーンにあった。信長軍の火縄銃は雨に濡れぬように包まれている。雨に備えて銃が濡れないように準備していたのだ。そこで生かされたのは「秀長は元農民で雨が降る前兆をとらえられる」という設定だ。
前回放送では、秀長が信長に「とんびがいつもより低いところを飛んでおります。このあと一刻のうちに雨が降ってまいります」と伝え、まもなくして実際に雨が降ったことから「見事に当ておった……」と信長がつぶやく場面があった。
そこで今回の放送では、信長は低く飛ぶトンビをみて、攻めるタイミングを図ることができたのである。
ドラマならではの解釈を加えながら、それを秀長の見せ場へとつなげていく。前回の草鞋の逸話(前回記事【大河『豊臣兄弟!』豊臣秀吉の有名な「草履逸話」を“秀長の知恵”に変えた脚本力、信長を翻弄する兄弟の掛け合い】参照)をも生かした見事な物語運びとなった。