北斎も広重も花鳥画を描いた
葛飾北斎《「鷽 垂桜」》中判錦絵 天保5年(1834)頃 RISD美術館蔵 Courtesy of the Museum of Art, Rhode Island School of Design, ProvidenceGift of Mrs. John D. Rockefeller, Jr.
では、「花鳥画」のジャンルにおいて第一人者といえる絵師は誰であろうか。葛飾北斎は天保年間に集中して花鳥画を制作している。ほとんどの作品が、錦絵の基本的なサイズである大判または中判というオーソドックスな判型。《鷽 垂桜(うそ しだれざくら)》に代表されるように確かな写実性と大胆な構図・デフォルメを用いた装飾性が同居しており、造形感覚を重視した北斎ならではの世界が広がっている。
葛飾北斎が花鳥画において“いつもの北斎の世界”であるのに対し、歌川広重は「花鳥」がもつ風流さを強く意識し、“いつもと違った広重の世界”をつくり上げている。広重の花鳥画は大判・中判ではなく、短冊版という縦長の画面のものが中心。肉筆の掛軸花鳥画は値が張るため、庶民が手軽に掛軸気分を味わえるように短冊版の判型を選んだと考えられている。
また、広重が制作した花鳥画の大部分には「賛」が記されている。画中に書かれた俳句や和歌がなんとも味わい深い。絵と文学の融合により、描かれた世界の美しさや寂しさがより深く心にしみわたる。詩的な情緒が広重流花鳥画の最大の魅力と言っていいだろう。