「桶狭間の戦い」で信長が軍議さえ開かなかったワケ
秀吉や秀長の前半生がよく分かっていないので、同時期に活躍した人物の動きに焦点を当てることになる。信長がストーリーをけん引していく。
今回の放送では、迫りくる2万5000もの今川軍に、どう対応するのか。軍議が紛糾する中で信長の采配が注目されたが、若きリーダーは意外な行動に出る。「何もしない」と言い放ち、宴に興じ始めたのだ。
実際に、信長は奇襲攻撃を仕掛ける前日になっても、家老たちに何ら作戦について伝えず、軍議さえ開かなかったと言われている。夜明け方にいきなり動き出して出陣を告げたとし、出陣直前の信長については、『信長公記』で次のように書かれている。
〈鎧をつけ、立ったまま食事をとり、兜をかぶって出陣した〉(『現代語訳 信長公記』より)
その後、見事な奇襲攻撃で大将の今川義元を討ち取ったことを思うと、作戦が事前に漏れるのを防ぐため、あえてギリギリまで手の内を味方にも明かさなかったのだろう。
今回の放送では、信長の無策ぶりにあきれた家臣・佐久間盛重(演:金井浩人)が、「やはり家督を継ぐべきは弟の信勝様であったなあ。うつけは、どこまでいってもうつけよ」と陰口を言い、信長に見切りをつけようとするシーンがあった。
実際に信長の父・織田信秀の死後、織田方の武将が離反して今川側につくことが相次いだ。今回の冒頭ナレーションで「永禄2年、この頃の織田信長は7年前に家督を継いだものの、その前途は平たんなものではなかった」とあったように、自軍が盤石とは言い難いなかで、強敵を倒すべく信長は綿密に作戦を考え、それを実行したといえるだろう。
また、そんな信長の状況を思えば、出自や家柄にかかわらず、実力主義で家臣を抜擢した理由もよく分かる。信頼できる優秀な家臣を渇望していた信長。そこに秀吉が見事にハマり、また弟の秀長も共に引き上げられていくことになる。