「草履の逸話」から秀長のキャラクターを際立たせた
この逸話の出典は、江戸時代に書かれた読本『絵本太閤記』で、内容は脚色が多い。
『絵本太閤記』で秀吉が信長に仕えた下積み時代について〈寒気の時節は御草履を己が懐に入て温め〉という記述があり、この話をベースにしてさらに脚色されたものが、どんどん広がることになる。
有名なのは幕末に館林藩士・岡谷繁実がまとめた戦国武将の逸話集『名将言行録』で、草履が暖かくなっていることに信長は「草履の上に腰かけていたな」と激怒。「けっして腰掛けてはおりません」と言い張る秀吉に、信長が「暖かくなっていたのがなによりの証拠だ」と詰めよると、秀吉はこう答えたという。
〈寒夜ですので、御足が冷えていらっしゃるであろうと存じまして、背に入れて暖めておいたのでございます〉(『名将言行録 現代語訳』より)
「背中」を「懐」にするなどバージョン違いはあるものの、伝記マンガでは、よりドラマチックな『名将言行録』版の逸話が下敷きにされやすい。
誰もが知る伝承的な逸話をどう物語に取り入れるのか。今回の放送では、秀吉と秀長が屋敷の前で城戸小左衛門の草履を見つけた。これを秀吉は仕返しの好機だと考えた。どういうことか。
17世紀後半に成立した土屋知貞の『太閤素生記』によると、秀吉の父は「木下弥右衛門(きのした やえもん)」といい、織田軍の鉄砲足軽だったが、負傷により退役して百姓をしていたという。弟の秀長の父は別にいるという説もあるが、近年は同父説が有力で、ドラマでもそのようになっている。
ドラマでは、この弥右衛門が討ち取った首を横取りした上に深手を負わせたのが、織田家の家臣・城戸小左衛門(きど こざえもん)だという設定になっている。つまり、城戸は秀吉と秀長にとって父親の仇だということになる。だが、猛々しい城戸に武力では歯が立ちそうにない。
そこで秀吉は城戸のものと思わしき草履を見つけると「質に入れよう」と笑う。真面目な秀長は「いくら仇の物とはいえ、盗みはよくない」と言って止めるが、「最初におとうから手柄を盗んだのはあいつのほうではないか」と言って聞かない秀吉。2人は草履を奪い合う。
すると、屋敷の中から信長が姿を見せて「ここにあった、わしの草履を知らんか」と、まさかの一言。慌てて秀吉が懐から草履を取り出して「温めておきました」と笑顔を見せると、「そうであったか。なかなか殊勝な心掛けじゃ」と信長が笑った。
前作大河『べらぼう』の蔦重ばりの「そうきたか!」な展開にSNSも「新解釈」と盛り上がったが、『豊臣兄弟!』での信長は一筋縄ではいかない。一転、険しい表情で「……と言いたいが、この陽気に温めてなんとする」とつぶやいて「もしや……盗もうとしたか?」と秀吉が疑われることに。すると、隣で秀長がこう言った。
「間もなく雨が降りまする。濡れてはいけないと思いまして。手前どもは長いこと百姓をしていたがゆえ分かるのです」
秀長はさらに「とんびはいつもより低いところを飛んでおります。このあと一刻のうちに雨が降ってまいります」と説明。のちに側近として秀吉を支える将来を予感させる、即興でのフォローを入れている。
しばらく経って本当に雨が降ってきたため、信長は「見事に当ておった……」とぽつり。秀吉の草履エピソードから、弟の秀長の有能ぶりを印象づける。有名な逸話をフルに生かした見事な展開といえよう。
ちなみに秀吉と秀長が「父の仇」とした城戸については、実存は確認されているものの、どんな人物だったかは分かっていない。残虐性も兼ね備える秀吉だけに、ドラマで城戸を待ち受ける運命も気になるところだ。