マドゥロ拘束作戦を支えたカラカス停電
連日報道されている通り、2026年1月、米国がベネズエラのマドゥロ大統領を首都カラカスで拘束するという事件が発生した。事件の背景や米国の意図、ベネズエラの政治状況などはいったん脇に置き、ここでは何が起きたのかを簡単にまとめておきたい。
作戦は2026年1月3日未明に実行された。米国防総省はそれに先立ち、カリブ海周辺に空母、複数の軍艦、F-35などを含む大規模な戦力を展開。給油機や無人機、電子妨害に用いられる航空機も投入されるなど、作戦環境の整備が進められていたと報じられている。
1月2日深夜から3日早朝にかけ、米軍機が西半球各地の基地から相次いで発進し、カラカス市内および周辺の軍事目標に攻撃を加えた。先のロイターによれば、作戦全体では複数の機種を含む150機超が、20カ所の基地から発進したとされる。攻撃対象には防空システムなどが含まれ、現地の空軍基地では対空部隊の車両が焼損した様子も確認された。
現地時間の3日午前2時前後、カラカスでは爆発音と低空飛行する航空機の音が相次ぎ、複数箇所で煙が上がった。これと同時に、市内の一部で停電が発生した。ロイターの現地取材では、南部の主要軍事基地周辺で送電が止まり、照明が落ちた状態が確認されたという。 他の報道でも、南部一帯や軍事施設周辺、複数地区で電力供給が途絶えたとの証言が伝えられている。
こうした攻撃と停電の発生と並行して、米特殊部隊がヘリでカラカス中心部へと進入した。ロイターは、部隊がカラカス市内の拠点に到達した際に銃撃を受け、ヘリ1機が被弾しながらも行動を継続したと報じている。また部隊は、強固な扉を破る装備も携行していたという。
この突入によって、マドゥロ大統領と妻のシリア・フロレスが拘束された。部隊は両名を確保すると市外へと離脱。その後両名は、いったん沖合の米海軍艦艇に移送され、最終的に米本土へと空路で移された。
この作戦の準備期間についてロイターは、計画立案が「数か月」に及び、突入訓練のために標的建物の実物大レプリカまで作って詳細なリハーサルを重ねたと伝えた。さらに、情報機関が少なくとも2025年8月から現地で行動パターンの把握にあたったとも報じられており、停電を伴う夜間の奇襲は、短時間の即興ではなく長期の下準備に支えられていたとみられる。