ザルジニー氏の投稿記事の要旨

(1)投稿記事の要旨

 本項は、ザルジニー氏が2025年11月29日に、ウクライナの主要なインターネット報道機関である「リガ・ネット(LIGA.net)」に投稿した記事(タイトルは「政治と戦争 現実と期待」)を筆者が翻訳し、要旨をまとめたものである。

 英語の原文は21ページの大冊であるので、紙幅の都合上、多くの箇所を割愛している。また、文中の太文字表記は、原文の太文字表記をそのままに採用したものである。

ア.序

 この記事の考えは、2023年末、私とチームメンバーが激動の2023年を総括し、そして何よりも重要な来たる2024年に向けた戦略を練ろうとしていた時、私の脳裏に頻繁に浮かび上がってきた。

 2023年は厳しい1年であった。2022年とは全く異なる状況にあるにもかかわらず、なぜ日に日に状況が厳しくなっていくのか、私たちはまだ理解していなかった。

 何かが間違っていた。未来を見据え、予見しなければならなかった。

 質の高い戦略を構築するアプローチにおいて、何か根本的なものが欠けていたのだ。

 すぐに学問的な教訓が頭に浮かんだ。カール・フォン・クラウゼヴィッツの「戦争は他の手段による政治の継続」である。

 そして、それは達成すべき政治的目的が明確に定義されない限り、戦略は合理的な根拠を持ち得ないことを意味するからである。

イ.戦争の政治的目的

 戦争の政治的目的こそが、すべての問いに答えるものである。

 クラウゼヴィッツの話に戻ると、彼の理論の根底にあるのは、戦争は通常、軍事目的ではなく政治的目的のために行われ、物理的な力よりもむしろイデオロギー的な力によって突き動かされるというものである。

 ある晩、私はウクライナ軍参謀本部に送付された指令文書をすべて取り出すよう指示した。戦争の政治的目的が何だったのかを突き止めるためである。

 もしかしたら、私たちは何かを見落としていたのかもしれない。しかし残念ながら、私たちは何も見落としていなかった・・・。

ウ.ロシアにとって第1のターゲット

 ここで、欧州の皆さんに申し上げたいのは、ベンジャミン・フランクリンの言葉を引用せずにはいられないということである。「一時的な安全のために自由を放棄する者は、自由も安全も得るに値しない」。これが、今日、米国が欧州において展開している政策なのである。

 西側諸国の政治家たちが自らの幻想に囚われ、甘いシナリオを描き、あるいは互いに迎合し、ウクライナ再建について考え、彼らの専門家たちがウクライナの同僚たちと足並みを揃えて将来の選挙を描いていた時、戦闘の最前線は堂々とドニプロへと、そして今日ではザポリージャとハリコフへと向かっていた。

 もはや、このことに注意を払う者は多くない。時として、100年前のように、前線でさえも、もはや勝利ではなく待望の平和を求めているように見えることがある。

 しかし、ロシアの軍事理論の古典であるアレクサンドル・スヴェチンは、100年前にはそうは考えていなかった。

 スヴェチンは、国家による戦争の準備と遂行のシステムに関する自身の見解を1927年に『戦略』という著書を出版し概説した。

 今、話題となっているのは彼自身ではなく、何よりもまず戦略そのもの、そしてそれが政治とどのように関わっているかである。

 そこで、戦争の政治的目的の定義を探ろうとすると、スヴェチンの非常に興味深い次の定義に出会う。

「自らの利益のためのいかなる闘争も、その政治的目的が理解されている場合にのみ、意識的かつ組織的に遂行され得る」

 ロシアの第1のターゲットはウクライナである。

 主体性と独立性、そしてあらゆる可能性を秘めたウクライナこそが、欧州への玄関口となるべきなのだ。だからこそ、今日、戦争停止について理解を得ることが非常に難しいのである。

 もちろん、同じ著者の論理に従えば、こうした目的は公表されないか、あるいは可能な限り多くの支持者を集めるために根本的に歪曲されて公表される。

 したがって、歴史家たちは、それが可能になった暁には、ウクライナの主権剥奪と帝国主義的野心の復活がどのような形で意図されていたのかを解明できるだろう。

 この結論は、私たちウクライナ国民が忘れてはならないものである。この結論を理解することは、国家維持のための独自の戦略を構築する基盤となるはずである。

 この戦略は、国家の最高軍事・政治指導部によって決定される政治的目的に基づいて構築されるべきである。

 論理的な疑問が生じる。政治的目的とは一体何なのであろうか?

 そして、既に経済に影響を与えている軍事戦略だけでは不十分なのはなぜであろうか?

 すべては、繰り返すが、戦争学(筆者注:クラウゼヴィッツの戦争論)の根底にある。そして、そこにはこうある。

「軍最高司令部の任務は、敵の戦闘力を壊滅させることである。戦争の目的は、国家が支持する政策の条件を満たす平和を勝ち取ることである」

 したがって、戦争はそれ自体が目的ではなく、軍事力のみによって遂行されるものではなく、一定の有利な条件の下で和平を締結するために遂行されるものである。

 政治家は、戦争の政治的目標を決定する際に、軍事、社会、経済の各戦線(front)における立場を考慮しなければならない。これらの戦線を掌握すれば、和平交渉に有利な条件が整うからである。

 したがって、これらすべての戦線における防衛だけでなく、敵の各戦線への的確な攻撃が、特に消耗戦においては成功をもたらすことは明らかである。この点を忘れてはならない。

 戦争の政治的目的を決定する際には、実際には政治、経済、そして武力闘争の各戦線における任務(Task)を明確にし、各戦線の指導部を結集させる必要がある。

エ.侵攻のための準備

 ロシアは、自国の能力と我が国の現状を考慮し、既に明確な戦争目的を定め、「2014年に始まった戦争を終わらせる」というスローガンの下、国際法を著しく侵害しながら、おそらく2019年半ばから、ウクライナ侵攻に向けた前例のない準備を開始し、我が国の国境沿いに部隊を展開し、訓練を開始していた。

 戦略とは、最終目標を達成するために戦争の準備と作戦遂行を融合させる術(the art)である。

 戦略は、最終目標を達成するために、軍隊と国家のあらゆる資源をどのように活用するかという問題を解決する。

 戦略は必要な資源をすべて活用しなければならない。しかし、それらを完全に掌握できるだろうか?

 スヴェチンの論理に従えば、この政治目標を達成するための戦略は2つしかない。壊滅戦略および/または消耗戦略である。

 この2つの戦略という文脈においてこそ、我々の戦争の行方を考察し、そして何よりも重要なのは、正しく定義された政治的目的に基づき、我々の行動にとって唯一正しい戦略を見出すことができるのである。

 したがって、軍事行動という政治的目的を設定したロシア指導部は、利用可能な手段を用いて、戦略に何が可能なのか、そして自らの政策が状況の変化にどのような影響を与え得るのかを明確に認識していた。

 おそらく、すべてが予見されていたのだろう。

 さて、上記のロシアの軍事行動に対するウクライナの政治的目的は、どのようなものであるべきであったのか。

 例えば、ウクライナ周辺の軍事政治情勢および軍事戦略情勢の発展の主要な段階を考慮すると、政治的目的として以下の選択肢が考えられる。

① 2015年2月から2022年2月までの期間

 戦争を回避・予防する段階。この期間の政治的目的は、軍備、人口、経済を整備することにより戦争を回避し、ロシアの軍事力を制限するための外交政策措置を講じることである。

 主要な実際的措置の一つは、あらゆる地域における戦争への備えであった。最終段階としては、戒厳令の導入と脅威地域への早期の武装部隊展開が想定された。

②2022年2月24日から2023年12月まで

 壊滅戦略を用いる段階。政治的目的は、持続可能な平和を確保し、ウクライナ全土への戦争の拡大を阻止することである。それが不可能な場合は、消耗戦に備える。

③2024年2月から2025年1月まで

 公正な平和を追求するための消耗戦略における積極的行動のための戦略防衛と同盟形成。

④2025年1月から2025年8月まで

 ロシアが軍事的成果を和平交渉の形成に利用することを阻止することを任務とする戦略防衛。

⑤2025年8月以降

 軍事、政治、経済の戦線維持を通じた国家の維持。ロシアの戦争能力を剥奪することをめぐる同盟および連合の形成。

オ.壊滅戦略から消耗戦略への転換

 すべて割愛

カ.ロシアが準備しているかもしれない決定的な打撃

 すべて割愛

キ.戦争の終結とは一体何なのか? 

 戦争、特に消耗戦の終結あるいは停止は、軍事、経済、政治の各分野における成果、あるいは損失の総和にかかっている。もちろん、これらの分野のいずれかの崩壊は、終結の前提条件の出現を招くに過ぎない。

 しかし、全体の構造の安定性は、他の分野の安定性と潜在力に完全に依存している。

 そして、ロシアの政治状況を考えると、我々が大幅な譲歩をするか、あるいは完全に敗北しない限り、平和が実現しないのは当然である。

 現在、ウクライナのためにシナリオを策定しようとしている仲介者たちがこのことを理解しているかどうかは定かではない。

 戦争の政治的目的を定める際には、戦争が必ずしも一方の勝利と他方の敗北で終わるわけではないことを念頭に置くことが重要である。

 第2次世界大戦はまさにその例であるが、これは稀な例外である。

 なぜなら、人類史上、このような事態はほとんど起こっていないからである。

 戦争の大多数は、双方の敗北、あるいは双方が勝利を確信する、あるいはその他の形で終結している。

 ゆえに、勝利について語る際には、正直にこう言わなければならない。勝利とはロシア帝国の崩壊であり、敗北とはウクライナの崩壊による完全な占領である。それ以外のすべては、戦争の継続に過ぎない。

 私たちウクライナ人は、もちろん完全な勝利、つまりロシア帝国の崩壊を目指している。しかし、長期にわたる停戦という選択肢も否定できない。

 なぜなら、これは歴史上、戦争を終結させるあまりにも一般的な方法だからである。

 たとえ、次の戦争が予想される中でも、平和は、政治的変革や抜本的な国内改革、本格的な復興と経済成長、そして国民の帰還のチャンスをもたらす。

 また、イノベーションとテクノロジーを通じた安全で最大限に保護された国家の形成の始まりについて議論することもできる。

 さらに、腐敗との闘いと公正な司法制度の創設を通じて、公正な国家の基盤の形成と強化について議論することもできる。国際的な経済復興プログラムを含む、国の経済発展についても議論できる。

ク.安全の保証について

 今日、政治的目的を形作る上でもう一つの重要な側面は、安全の保証である。

 こうした安全の保証には、ウクライナのNATO加盟、ウクライナ領土への核兵器の配備、あるいはロシアに対抗できる大規模な軍事部隊の展開などが挙げられる。

 しかしながら、今日、こうした議論は行われていない。したがって、戦争はおそらく継続するであろう。

 しかし、軍事面だけでなく、政治面、経済面でも戦争が続くことを忘れてはならない。

 もう一つの側面は、一方では技術開発による戦争費用の漸進的な削減、他方では総合的な攻撃能力の向上である。

 これは、ロシアが最終的に同様の安全の保証を必要とする状況につながる可能性がある。

 奇妙に聞こえるかもしれないが、そうなると、安全の保証の基盤は、相互にその維持を保証できることが最も重要になるであろう。ひいては、戦後ウクライナとロシア両国における崩壊を防ぐことになるであろう。

 しかしながら、ウクライナにとっての主要な政治的目的は、おそらく近い将来、ロシアがウクライナに対して侵略行為を行う機会を奪うことにあると言えるであろう。

 将来の戦争の性質を想像することは困難であるが、平和とはどのようなものであるべきか、私たちの子供たちが暮らすべき場所はどのような場所であるべきかは、まさに明白である。

 結局のところ、オレナ・テリハ(筆者注:ウクライナの詩人、作家、そしてウクライナ民族主義運動の活動家)が言ったように、「国家は王朝の上に立つのではなく、国民の内部の団結と強さの上に立つのである」。

(2)筆者コメント

 ザルジニー氏は強調する。

「戦争は他の手段による政治の継続」である。そして、それは達成すべき政治的目的が明確に定義されない限り、戦略は合理的な根拠を持ち得ないことを意味するからである、と。

 ザルジニー氏は、自身が総司令官であった時のウクライナの政治指導部には政治的目的がなかったと言う。そして、過去のウクライナ戦争の各段階における政治的目的を例示している。

 例えば、2025年8月以降の政治的目的は、「軍事、政治、経済の戦線維持を通じた国家の維持。ロシアの戦争能力を剥奪することをめぐる同盟および連合の形成」である。

 また、ザルジニー氏は、戦争の終結について、ロシア帝国が崩壊しない限りウクライナの平和と安全はないと言う。

 しかし、同時に長期にわたる停戦という選択肢も否定できないと言う。そして、停戦間の政治的目的は、ロシアがウクライナに対して侵略行為を行う機会を奪うことにあると言う。

 ただし、具体的方策については述べていない。

 また、ザルジニー氏は、政治家は戦争の政治的目的を決定する際に、軍事、社会、経済の各戦線における立場を考慮しなければならない。これらの戦線を掌握すれば、和平交渉に有利な条件が整うからであると言う。

 このように、ザルジニー氏は政治的な意思による和平交渉の必要性を強調している。もし、ザルジニー氏が次期ウクライナの大統領になれば、停戦・和平交渉が進展する可能性もあると筆者はみている。