松嶋菜々子演じる登美子のキャラを巡って視聴者間で「論争」
第3回の15分も濃厚だった。嵩と弟の千尋(平山正剛)の実母・登美子(松嶋菜々子)が、2人を医院を営む義兄の柳井寛(竹野内豊)宅に置き去りにしてしまった。登美子は嵩に「高知に用事ができたから、しばらく留守にする」と告げたが、実際には再婚のため。登美子は元夫で嵩と千尋の父・柳井清(二宮和也)と死別している。
嵩は置き去りにされたあと、胸騒ぎをおぼえ、千尋を連れて登美子を追い掛けた。嵩は「本当に迎えに来てくれる?」と不安そうにつぶやいた。すると登美子はつくり笑いを浮かべながら、うなずいた。
第3回が終わると、視聴者の間でちょっとした登美子論争が起きた。「酷い親だ」という声が上がる一方で、「夫を失った登美子も辛いのだろう」と庇う意見もあった。
子供に黙って再婚するとは冷酷だ。もっとも、当時の嵩は8歳。事実を伝えるほうが残酷という見方もできる。登美子自身も息子たちに別れを告げるのが辛かったのではないか。だから黙っていた。当時はシングルマザーが自活するための社会的環境が整ってなかったことが背景にある。
やがては嵩も登美子の心情を理解する。視聴者も登美子に好感を抱くようになった。だから1985(昭60)年の第27回に遺影になるまで、登美子が嵩の近くにいることが許された。登美子のマイナス部分を消していったのは中園氏の腕だ。
中園ミホ氏(右)は2014年上期の連続テレビ小説、『花子とアン』でも脚本家として活躍。左は同作で主演を務めた吉高由里子(写真:共同通信社)
1942(昭17)年の第50回。東京にいるはずの登美子が、御免与町での嵩の出征式に現れ、叫んだ。
「嵩、死んだらダメよ! 絶対に帰ってきなさい。逃げ回ってもいいから、卑怯だと思われてもいい。何をしてもいいから。生きて、生きて帰ってきなさい!」
史料を見ると、出征兵士の家族たちは内心では死なずに帰って来てほしいと願っていた。しかし、表向きは国のために死んで来るよう伝えなくてはならない。なりふり構わず本音を叫んだ登美子は観る側の胸を突いた。
登場人物の好き嫌いや人物評が視聴者の間で議論になるドラマは高い確率で成功する。画面の中にある虚構と現実の区切りが曖昧になり、視聴者が物語の世界にどっぷりと入りこんでいる表れだからである。