総裁が改めて中立金利に言及したのはなぜか?

 現時点で「1.00%~2.50%」というラフな中立金利イメージが市場に共有されているにもかかわらず、改めてこれを出すことの意味は何だろうか。

 上述したように、「レンジが広くて数字が古い」という問題点はあるにせよ、利上げ有無が注目を集めるこのタイミングで総裁自ら「もう少しはっきりと明示したい」と問題提起したことの意味は小さくない。市場参加者の邪推であることを覚悟で言えば、やはり「利上げ打ち止め感を出さないため」という本心は透ける。

 総裁の口から「もう少し狭めることができたら公表」と述べている以上、今後提示される中立金利が「1.00%~2.50%」よりは狭いレンジになることは確実である。その際、インフレ警戒感が強まる最近の経済・物価情勢を踏まえれば上限が切り下がるのではなく、下限が切り上がることで、それは実現されるのだろう。

 例えば、1.00%が1.50%に修正されれば、「利上げは最低でも1%」という思惑も合わせて修正されることになり、当然、為替市場では円買いを招くことになる。仮に「1.50%到達までは緩和的」と言える状況になれば、あと4回分の利上げまではリフレ志向の強い高市政権下でも一応、理屈の上では許容できる余地が出てくる。

 本音がどこにあるにせよ、「利上げはしたものの、緩和的な状態」と建前を抗弁できる事実は高市政権にとってかなり重宝するはずだ。

 もちろん、中立金利を提示したところで、それが自動的に「次の一手」を約束するわけではなく、まして2026年中にそこへの到達義務が発生するわけでもない。しかし、リフレ志向の強い政権と伴走しつつ、円安抑止にも尽力しなければならない日銀にとって「0.75%への利上げで打ち止めではない」との期待を浸透させる一手は貴重である。

 しかも、植田総裁は「適宜公表していきたい」と、継続的な更新も示唆している。だとすれば、レンジ修正は今回に限定したものではないため、日銀が市場期待と対峙する上では一段と利便性の高いツールになりそうである。