新聞連載で話題となった「田中獣医学博士の豚肉調理」
東京帝国大学農科大学教授の田中宏は、1912年11月から翌年4月にかけて、『報知新聞』の一面で計75回にわたって「田中獣医学博士の豚肉調理」を連載した。
家畜解剖学を専門とする田中が連載した豚肉の調理方法は、当時としてはとても具体的で、読者はその料理をかなり忠実に再現できた。田中の考案した料理は、女中の小澤きん子が実際に調理していた。
1912年12月4日の『報知新聞』に、田中は「袋饅頭」と「豚饅頭」のレシピを掲載している。
両方とも豚肉餡の肉まんであり、小麦粉・ベーキングパウダー・砂糖で皮を作り、細かに叩いた豚肉、刻んだネギ・ショウガなどで作った餡を包んで蒸すのは同じだが、外側の皮の形状となかの餡の味つけが異なった。これらは現在の肉まんに近いものである。
田中は、養豚が盛んな鹿児島の生まれで、子どもの頃から豚肉を食べ慣れていて大好物にしていた。そのため、彼は日本国内に伝わる豚肉の調理法にも十分に注意を払っていた。
例えば、1913年に刊行した『田中式豚肉調理二百種』は、鹿児島の豚肉料理を9種類、沖縄の豚肉料理・調理法を15種類掲載している。
しかし、田中は「豚肉料理だけはどうしても本場の支那にかなわないようです」と述べている。
また、「豚肉料理ばかりは如何なる方式の西洋料理と雖もとても支那料理には及ばぬ」とも述べ、中華料理の西洋料理に対する優越性を認めていた。
田中の『報知新聞』紙上での連載記事の反響は大きく、東京で豚肉の需要が増え、地方の養豚業者の卸値が上がることもあったという。

