新聞社は「戦略的撤退」を考えるべき時期にきた

 さらに、今回の産経新聞の件でもうひとつ看過できないのが、不祥事発覚後の「謝罪」と「情報開示」のあり方についてである。これは産経新聞に限った話ではないが、新聞社のウェブサイトにおける「訂正」や「お詫び」の掲載場所は、あまりにも不親切で分かりにくい。

産経新聞社(コーポレートサイト)

 筆者は普段、紙の新聞も購読しているが、世の中の大多数の人は主にネットで情報を得ている。紙の新聞を読んでいる人はすでに少数派になっていることはすでに本欄でも何度も述べてきたとおりだ。

 そんな現代の情報環境では、ネットで記事を読む「読者」に対して、訂正やお詫びを伝えるには、ネット上で分かりやすく掲示する必要があるのではないか。

 しかし、現状はどうなっているか。産経新聞のニュースサイト「産経ニュース」のトップページを見ても、「訂正欄」に類するカテゴリは見当たらない。日経新聞にはあるが、産経にはないのである。

 今回の盗用問題に関するお詫び記事自体には、固有のURLが割り振られており、検索すれば記事それ自体は見つけることはできる。しかし、サイト内を回遊して、自然にこの情報にたどり着くのは至難の業だ。

 ではどこにあるのか。探してみると、トップページから「その他」というタブをクリックし、さらにその「お知らせ」欄を辿っていくと、ようやく見つかるという有様である。12月4日時点では「その他」カテゴリのトップにあったが、時間が経てばすぐに過去ログの彼方に埋もれてしまうのではないか。

 一方、産経新聞社のコーポレートサイト(企業情報のページ)を見てみると、「emogram」の記事盗用に関するお詫びは、コーポレートサイトの主要なお知らせ欄には見当たらなかった(※本稿執筆時点)。

 そこには「生成AI事業者に対する権利侵害の申し立て」といった、自社の権利を主張するリリースは目立つように掲載されているにもかかわらず、である。

 最近、新聞各社は著作権保護を理由に、PerplexityなどのAI企業に訴訟をチラつかせているが、そうした「攻め」の情報発信には熱心な一方で、自らの不祥事に関する「守り」の情報発信はおざなりになっているように見える。

 ちなみに新聞社の人間にこの点を尋ねたことが何度かある。

 そうすると決まってこう言う。「隠しているわけではありません。サイトの仕様上、トップページに常設の訂正欄を作れない」と。

 しかし、説得力があるだろうか。仕様がそうなら、改修すればいいだけの話だ。システム上の制約を理由に、不都合な情報の露出を控えていると受け取られても仕方がないだろう。

 読売新聞のように、紙面で大きく訂正記事を載せるケースもあるが、ネットにおいては「ユニークURLの記事として存在する」だけでは不十分だ。ユーザーは能動的にその記事を探しに行かない限り、目にすることはできない。

 ニュースサイトであれコーポレートサイトであれ、誰もがアクセスしやすい場所に「訂正・お詫び・重要なお知らせ」という常設のコーナーを設け、そこに情報を集約・蓄積し、履歴として公開し続ける。そのほうが、デジタル時代における誠実な態度であり、そんなメディアのほうが信頼できるのではないか。

 透明性の確保を怠り、こっそりと目立たない場所に謝罪文を載せるような振る舞いは、ネットユーザーから「隠蔽工作だ」「やっぱりオールドメディアは信用できない」と批判される格好の材料になる可能性が高い。ただでさえ「マスゴミ」などと揶揄され、信頼が低下している中で、こうした不誠実なUI/UXを放置することは、自らの首を絞める行為に他ならない。

 日本の新聞業界は、2010年代を通じて日経新聞を除くと、DXのみならず積極的な意味での改革はできなかった。2020年代も半ばだが、もう期待はほとんど残されていない。さすがにそろそろ「戦略的撤退」を真剣に考えるべき時期なのではないか。

 現状の新聞社には、全方位的に高品質なコンテンツを提供し続ける体力は残っていない。そのことを踏まえると、エンタメ情報やバイラルメディア、そしてスポーツのような「エモい」領域は、新聞社のコアコンピタンスとも乖離しているのみならず、しかもスピードとネットリテラシーが要求される「レッドオーシャン」である。

 自前のリソースでまともな品質管理ができず、そして外注先を管理する能力すらないのであれば、信頼を毀損するくらいであれば、むしろ潔くそれらの分野から撤退すべきではないか。

「夕刊の廃止」や「地方版の縮小」といった議論も進んでいるが、もっと抜本的に、コンテンツの種類を絞り込む必要があるように思える。

「emogram」のような、若者に媚びようとしてスベっているようなメディアを乱立させるリソースがあるなら、それを本業である調査報道や、質の高い解説記事の制作や維持に振り向けるべきだ。

 あるいは、どうしてもやりたいなら、相応のコストをかけてプロパーの社員を配置し、責任の所在を明確にすべきだ。

「人手が足りない、でもPVは欲しい、だから安く外注する」という安易な連鎖を断ち切らなければ、今後も同種の盗用騒動、誤報騒動が起きるだろう。

 そしてその度に、新聞社が過去一世紀以上の期間にわたって積み上げてきた「信頼」という無形の資産が切り売りされ、摩耗していくことになる。信頼を失った新聞社には、もはや何も残らないだろう。