SBS事件をめぐる過去の「逮捕報道」に向き合う上田大輔記者©︎2025カンテレ
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大阪の関西テレビ放送に在籍する上田大輔記者は、弁護士資格を持ち、事件や法廷の取材を重ねてきた。とりわけ長く追いかけてきたのが、乳児の虐待事件として、一時相次いだ「揺さぶられっ子症候群」をめぐる事件。その報道の集大成と言えるドキュメンタリー映画『揺さぶられる正義』が9月20日から公開される。取材過程とそこで生じた「正義」をめぐる葛藤をノンフィクションライターの西岡研介氏が聞いた。

(文中一部敬称略)

相次いだ「揺さぶられっ子症候群」

「揺さぶられっ子症候群(Shaken Baby Syndrome)」通称「SBS」——2010年代、赤ちゃんを激しく揺さぶって虐待したと疑われ、母親や父親、祖母らが逮捕、起訴されるケースが相次ぎ、当時のメディアも「虐待事件」としてセンセーショナルに報じてきた。

 本作品は、多くの冤罪を生んだSBSをめぐる様々な問題を、長年にわたる調査報道で炙り出したドキュメンタリーだ。が、そこに映し出されるのは、司法やメディア、そして、取材する記者自身が「揺さぶられ」ている姿だった。

 映画『揺さぶられる正義』はこんなストーリーだ。

 乳幼児の上半身を前後に激しく揺さぶることで、頭部に強い回転性の外力が加わり、脳の中などに損傷が生じるとされるSBS。1970代初めの段階では、目立った外傷がないにもかかわらず、乳幼児に硬膜下血腫が見られた場合の仮説だった。しかし時が経つにつれ、高い位置からの落下事故等がなくても、硬膜下血腫・脳浮腫・眼底出血の3徴候が揃えば、揺さぶりが原因である可能性が高いと診断されるようになっていった。

 これは「SBS理論」とも呼ばれ、日本では2000年代後半から同理論の普及が進み、2010年以降、赤ちゃんに目立った外傷がなくても、前述の3徴候が見つかれば、激しく揺さぶられた虐待だと医師が診断。その結果、親たちが逮捕、起訴されるケースが相次いだのだ。

 SBS理論は、医師向けの「子ども虐待対応・医学診断ガイド」や、厚生労働省の「子ども虐待対応の手引き」などにも記載され、小児科医たちは幼い命を守るため、虐待事件をなくすという強い使命感を持って診断にあたっている。その一方で、SBSによって多くの冤罪が生み出されていることを憂慮した刑事弁護人と法学研究者は「SBS検証プロジェクト」を立ち上げ、無実を訴える被告と家族たちに寄り添い、事故や病気の可能性を徹底的に追及する。

「虐待をなくす正義」と「冤罪をなくす正義」。ふたつの正義は法廷で激しくぶつかり、やがて、無罪判決が続出するという前代未聞の事態が起こっていく——。