特に経営が厳しい毎日・産経で起きたことは偶然か?
毎日新聞のデジタルサイトで、人気アイドルグループ「Snow Man」の渡辺翔太氏の誕生日を祝う記事が配信された。記事では、渡辺氏本人がX(旧Twitter)で感謝のメッセージを投稿したとして、その文面を紹介していた。
しかし、そのXアカウントは、実は渡辺氏本人とは無関係の「なりすましアカウント」だったのである。ファンからの指摘で誤報が発覚し、毎日新聞は記事を削除、謝罪に追い込まれた。
この毎日新聞の事例も、構造は今回の産経新聞の件とうり二つである。
毎日新聞もまた、エンタメや芸能関係のニュースを「強化」するという理由で、その制作を外部のコンテンツ制作会社に委託しようとテストしていた。
その外部の会社が作った記事を、毎日新聞のブランドで配信してしまったのである。その過程で、十分なチェックが行われず、ネット上の誤った情報を安易に拾って記事化してしまう「こたつ記事」の典型的な失敗例である。
毎日新聞社(写真:アフロ)
毎日新聞の説明によれば、産経新聞の場合と同じく、制作会社と新聞社の双方の担当者がチェックしていたとのことだが、結果としてなりすましを見抜けなかった。
さらに指摘しておきたいのは、新聞社の担当者が、ネットカルチャーやエンタメ情報の「勘所」を全く理解していなかったのではないかという疑念だ。普段からSNSに親しんでいる人間であれば、公式マークの有無や投稿の文脈から、それがなりすましであるリスクに気づくのは難しくない。
しかし、新聞社のデスククラスの人材――おそらくは長年、社会部や政治部で硬派なニュースを扱ってきたような中堅やベテラン――が、突然ネットニュースの担当を任され、自分の専門外である芸能ニュースのチェックをさせられている。
あるいは、大量に出稿される記事を右から左へと機械的に処理することに忙殺され、中身を精査する余裕がなかったのではないか。そのどちらか、あるいは両方の可能性がある。
毎日新聞の件は2024年11月の出来事である。筆者が委員を務めている「開かれた新聞委員会」でも、この問題は大きく取り上げられ、議論になった。それからわずか1年後、今度は産経新聞で、ほぼ同じ構図の不祥事が繰り返されたわけである。業界内で教訓が全く共有されていないと言わざるを得ない。
◎なりすまし記事配信 開かれた新聞委員会の意見 | 毎日新聞
全国紙のなかでも特に、経営的に厳しい状況にあるとされる毎日新聞と産経新聞でこうした事案が相次いだことは偶然なのだろうか。リソースが枯渇し、現場が疲弊している中で、それでも無理にデジタル領域での拡張を続けようとすれば、組織の最も弱い部分――すなわち外注先や非正規雇用の現場――からほころびが出るのは必然にも思える。
今回の出来事は新聞業界ではなく、あくまで産経新聞の問題だという指摘も見られたが、筆者は少なくともアウトソーシングの多用、紙面よりネットを軽視する風潮、たった1年前のそっくりの業界の事例をまったくといってよいほどに学習していないという点において、新聞業界全体の構造的課題だと考えている。
新聞社はこれまで、「我々は独自に取材し、裏取りをした情報しか出さない」という「唯我独尊」とも言えるプライドを持っていた(筆者はそういうメールを個別に電子版の編集者から頂戴したこともある!)。
しかし、そのプライドを捨ててまでネットのPV競争に参加するのであれば、ネットメディアとしての自覚が必要だろうし、最低限の作法と品質管理を徹底すべきだ。「紙は一流、ネットは三流」などという甘えは、もはや通用しないだろう。