2020年、コロナの感染が世界中に拡大した結果、人々は「クルマを買うどころではない」という心理状況に追い込まれ、世界の自動車需要は急速に落ち込んだ。すると、ジャスト・イン・タイム方式で部品を調達していた自動車メーカーは、車載半導体の発注を次々にキャンセルした。

 そのとき、28nmプロセスで製造される車載用マイコンのほとんどは台湾TSMCに集中していた(図5)。TSMCは、キャンセルによって空いた28nmラインを、コロナ禍で需要が急増していたデジタル家電やゲーム機器向け半導体の製造に振り向けた。ビジネスとして見れば、ごく自然な判断である。

図5 2021年に起きた半導体不足の原因
28nmの車載半導体のほとんどがTSMCに集中していた
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 その後、2020年後半になって自動車需要が回復すると、自動車メーカーは再びジャスト・イン・タイムの方式に従って28nm車載半導体を発注しようとした。しかしその時点では、TSMCの28nmラインはすでに別用途でフル稼働しており、車載向けの製造キャパシティは確保できなかった。

 そして、28nm半導体の在庫が尽きた2021年の年明け、日米独の自動車メーカーは一斉に生産停止へ追い込まれることになった──これが、車載半導体不足がクルマ産業を直撃した“第二の危機”である。

諸悪の根源はジャスト・イン・タイムにある

 ここまで見てきたように、2011年3月11日の東日本大震災ではルネサス那珂工場が被災し、その影響でトヨタのプリウスが生産できなくなった。さらに2021年の年明けには、TSMCに生産が集中していた28nm車載半導体の供給不足が発生し、日米独の主要自動車メーカーが一斉に生産停止へ追い込まれた。そして今回は、オランダのネクスペリアが車載向けディスクリート半導体の出荷を止めた結果、多くの自動車メーカーが生産停止や減産を余儀なくされている。

 これら三度の危機に共通している“諸悪の根源”は、自動車メーカーが依然としてジャスト・イン・タイムの生産方式に基づき半導体を調達している点にある。クルマメーカーは在庫を極小化することにより、製造原価を下げようとしているのかもしれない。しかし現実には、半導体の供給がわずかに滞っただけで、クルマ生産は完全にストップしてしまう。そして、そのような事態がすでに三度も起きているのである。

 自動車メーカーは、なぜ過去の経験から学ぶことができないのだろうか。ジャスト・イン・タイムの生産方式を見直し、一定の在庫を確保していれば、いずれのケースでも生産停止という最悪の事態は回避できたはずである。

 今後も、クルマメーカーがジャスト・イン・タイムに固執し続ける限り、同じ過ちを繰り返すことになるだろう。悪しき慣習は、改めるべきではないか。

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