ウクライナ政府高官等の腐敗・汚職事件
以下、政府高官等の腐敗・汚職事件について時系列に沿って述べる。
本項は、各種報道を筆者が取りまとめたものである。
①2023年1月24日、大統領府副長官や国防副大臣を含む複数の政府高官が辞任:
ウクライナ大統領府のキリロ・ティモシェンコ副長官ら複数の政府高官が1月24日、辞任した。大統領府はティモシェンコ氏の辞表を受理したと発表したが、理由は明らかにされていない。
また、オレクシー・シモネンコ副検事総長とヴャチェスラフ・シャポワロウ国防副大臣の辞任も明らかになった。
33歳のティモシェンコ氏はゼレンスキー大統領の選挙戦に携わり、2019年から大統領府副長官を務めていた。
ロシアによる侵攻時に複数のスポーツカーを運転していたとして国内メディアから批判されていたが、同氏は不正を否定している。
またシャポワロウ国防副大臣は、国防省が食料品を高額で購入していたとの報道を受けて辞表を提出した。国防省は、シャポワロウ国防副大臣の疑惑は事実無根だが、同氏の辞任は国防省への信頼維持に役立つ「価値ある行為だ」と述べた。
②2023年9月3日、ゼレンスキー大統領、レズニコウ国防相を解任:
ゼレンスキー大統領は9月3日、オレクシー・レズニコウ国防相(57)を解任したと発表した。
レズニコウ氏は2022年2月のロシアの全面侵攻開始以前から国防省を率いていた。ゼレンスキー氏はテレビ演説の中で、同省に「軍や社会全体と交流する新しいアプローチや他の形式が必要だと考えている」と述べた。
レズニコウ氏はロシアの侵攻開始後、その名を知られるようになった。西側諸国との会議に参加し、兵器の供給を求めるロビー活動で重要な役割を担い、国際的にも認知された。
レズニコウ氏の解任は、ゼレンスキー政権が広範な反腐敗運動を展開する中で行われた。また、後任として国有財産基金トップのルステム・ウメロフ氏を推挙した。
欧州連合(EU)などの西側諸機関への加盟を望むウクライナにとって、国内の汚職を一掃することが不可欠だと考えられている。
レズニコウ氏個人は汚職を指摘されていないが、国防省では、軍用品や装備品の調達に関するスキャンダルが相次いでいる。
③2024年2月1日、ウクライナ保安局が、同国軍による約4000万米ドル相当の兵器調達に絡む大規模な汚職疑惑を摘発:
ウクライナ保安局(SBU)は2024年2月1日までに、同国軍による約4000万ドル相当の兵器調達に絡む大規模な汚職疑惑を摘発したと発表した。
2022年秋の入手を見込んでいた約10万発の迫撃砲弾などに関連する不祥事とし、ウクライナ国防省は兵器製造企業「リビウ・アーセナル」に必要な代金ほぼすべてを払ったものの現物は一切届かなかったと指摘した。
この代金の一部はバルカン諸国を含む外国の口座に送金されていたという。捜査で国防当局の複数の元職や現職にある人物がこの疑惑に関与していることが判明。同企業の幹部や外国の事業体の代表とのつながりも把握したという。
ウクライナ保安局(SBU)によると、今回の摘発では5人が逮捕、訴追され、うち1人の元国防省当局者はウクライナからの越境を試みる際に拘束された。
他の容疑者の割り出しも進めているとし、訴追の対象者には最長12年の拘禁刑が下される可能性がある。
④2025年6月23日、国家汚職対策局が、チェルニショフ副首相に容疑を伝達:
オレクシー・チェルニショフ副首相は、職権乱用と自身および第三者のために極めて多額の違法な利益を得た罪に問われている。
同高官は、国の高官が関与する建設分野での大規模な汚職取引事件における6人目の容疑者となった。
捜査によれば、キーウの建設業者の一つがキーウでの住宅団地建設のための土地を違法に入手する計画を立てた。同社は、そのために地域発展相に接触したところ、地域発展相は地域開発省の事務次官、大臣補佐官、国営企業総裁と協力して、その国営企業に土地を譲渡するための条件を整えた。そして、その国営企業はその後、本来土地を求めていた建設会社との間に違法な投資契約を締結した。
また、国家汚職対策局は、6月12日と13日に建設分野の大規模な汚職取引を摘発したと発表。
その際、国家汚職対策局は、この取引には当時の地域発展省の元高官らが関与していたと伝えていた。その汚職により、国家は10億フリヴニャ(フリヴニャはウクライナの通貨、約37億円)を超える損害を受けるおそれがあったと説明された。
これまでに、職権乱用未遂と不法な利益の取得・供与の容疑で、5人の人物(元地域発展省事務次官、元大臣補佐官、元国営企業総裁、建設業者、その代理人)に容疑が伝達されていた。
⑤2025年8月2日、無人機や電子戦関連機器の購入を巡る汚職で国会議員等4人を拘束:
国家汚職対策局と特別汚職対策検察庁は8月2日、無人機など軍用品購入を巡る汚職に関与したとして、国会議員ら4人を拘束したと発表した。
4人は、民間企業と契約した無人機や「電子戦関連機器」の購入を巡り価格を水増しして、契約金額の最大30%を着服した疑いが持たれている。
ニュースサイト「ウクライナ・プラウダ」によると、その4人には与党の国会議員1人と東部ルハンスク州の元知事が含まれている。
2024年~25年、複数回にわたって国防関連予算の不正流用や横領に関わり、4万3000ドル(約640万円)を横領して山分けしたケースもあったという。
⑥2025年11月11日、チェルニショフ元副首相が捜査対象:
ウクライナ主要メディア、ウクラインスカ・プラウダは11月11日、国家汚職対策局(NABU)などがエネルギー業界の不正疑惑を巡り、オレクシー・チェルニショフ元副首相を捜査対象にしていると報じた。
職権を乱用して多額の不正資金を得、資金洗浄をした疑いが持たれているという。
⑦2025年11月13日、汚職捜査で、ゼレンスキー氏の盟友ら巻き込み2閣僚が辞任:
ウクライナでエネルギー部門の汚職に関する大規模な捜査が進んでいる。11月12日には、エネルギー相と法務相が辞任した。
このスキャンダルでは、ゼレンスキー大統領の側近らも関与が取り沙汰されている。
大統領はこの日、スウィトラナ・フリンチュク・エネルギー相とヘルマン・ハルシュチェンコ法務相(前エネルギー相)の解任を要求。これを受けて両閣僚は辞任した。
反汚職当局は11月10日、原子力発電公社「エネルゴアトム」などのエネルギー部門で約1億ドル(約155億円)規模の横領計画を指揮したとして、数人を摘発していた。
ハルシチェンコ法務相(前エネルギー相)やその他の主要閣僚、政府関係者らを巡っては、ロシアの攻撃からエネルギーインフラを防御する建設工事で、業者から支払いを受けた疑いがもたれている。
関与が疑われている人物にはほかにも、チェルニショフ元副首相や、ゼレンスキー氏がかつて立ち上げたスタジオ「第95街区」の共同所有者で実業家のティムール・ミンディッチ氏らがいる。同氏は国外に逃がれたとされる。
ハルシチェンコ法務相(前エネルギー相)は、嫌疑に対して自身で弁護すると述べた。フリンチュク・エネルギー相は、「私の職務範囲内で法律違反はなかった」とSNSに投稿した。
国家汚職対策局と特別汚職対策検察庁(SAP)は、この捜査に1年3か月をかけ、録音は1000時間に及んだと発表した。
国家汚職対策局は、汚職に関わった人物らがそろって、原子力発電公社「エネルゴアトム」の工事を請け負った業者から契約金額の10~15%相当のキックバックを受け取っていたとしている。
⑧2025年11月15日、ゼレンスキー大統領、国営エネルギー企業の再編に着手するようスビリデンコ首相に指示:
ゼレンスキー大統領は11月15日、原子力発電公社「エネルゴアトム」を巡る巨額汚職事件を受け、国営エネルギー企業の再編に着手するようユリヤ・スビリデンコ首相に指示した。財務の監査と経営陣の刷新により、不正防止と透明性向上を図る狙い。
ゼレンスキー氏は、原子力発電公社「エネルゴアトム」について、専門的な監査役会を設立する必要があると主張。水力発電会社「ウクルハイドロエネルゴ」やナフトガスに対しても、経営刷新を求め「エネルギー分野における透明性確保は最優先事項だ」と強調した。
⑨2025年11月25日、エネルギー部門を巡る大規模な汚職捜査で新たに訴追の可能性:
エネルギー部門を巡る大規模な汚職捜査について、捜査当局の反汚職担当トップが11月25日、新たに訴追を行う可能性があると述べた。
ウクライナ当局は11月、エネルギー高官が関与したとされる総額1億ドルの不正取引に関連し、少なくとも7人を訴追。これを受けてフリンチュク・エネルギー相が辞任したほか、ハルシチェンコ司法相(前エネルギー相)の職務が停止された。
国営原子力発電所を巡る今回の汚職事件に国民は強く反発しており、与野党双方からゼレンスキー大統領に厳しい対応を求める声が上がっている。
国家汚職対策局(NABU)のセメン・クリボノス局長は議会の反汚職委員会で、捜査当局はまだ数千時間に及ぶ盗聴記録を精査しており、不正な資金の流れを解明していると指摘。
「容疑者はさらに増えるだろうし、この事件は拡大していくと深く確信している」と語った。
またクリボノス局長は、防衛施設の建設に関わる10件以上の事案の捜査も行っていると明かした。
⑩2025年11月28日、国家汚職対策局と特別汚職対策検察庁がイェルマーク大統領府長官の自宅の捜索を発表:
11月28日、国家汚職対策局と特別汚職対策検察庁は、アンドリー・イェルマーク大統領府長官の自宅を捜索していると発表した。理由は明らかにされていないが、国営企業を巡る汚職事件の捜査の一環とみられる。
また、汚職事件を巡り、ニュースサイト「ウクライナ・プラウダ」は11月26日、ルステム・ウメロフ国家安全保障国防会議書記が参考人聴取を受けたと報じた。
⑪2025年11月28日、ゼレンスキー大統領、イェルマーク大統領府長官の辞任を発表:
ゼレンスキー大統領は11月28日、自らの最側近で事実上の政権ナンバー2だったイェルマーク大統領府長官を解任した。
イェルマーク氏を巡っては、原子力発電公社「エネルゴアトム」が絡む政府高官の汚職疑惑を捜査する汚職対策機関が同日、自宅を捜索したと発表していた。
イェルマーク氏が辞表を提出し、ゼレンスキー氏が長官職を解任する大統領令を発出した。
ゼレンスキー氏は同日夜の演説で「団結を失えば、すべてを失う危険がある」と述べ、国民に結束を呼びかけた。「あらゆるうわさや臆測を排除したい」と語ったが、解任理由は明確に説明しなかった。
ロシアとの戦闘終結に向けたトランプ米政権との和平協議で中心的役割を果たしてきたイェルマーク氏の解任は、ゼレンスキー政権にとって大きな打撃である。今後の和平協議に影響が出る可能性もある。