一方で、選手会(MLBPA)の視点はまったく異なる。
MLBPA専務理事のトニー・クラーク氏は「大谷ほどのスーパースターが後払いを選択している。球団側が財務的制約を理由に選手年俸を抑制しようとする論理は説得力を持たない」と強い口調で語るように、選手会側の主張は明白。
実際、後払い契約そのものは現行制度上認められたオプションであり、禁止されているわけではない。であれば選手会側にとっては「球団が財務リスクを盾に選手の報酬を抑え込んでいるだけではないか」という主張が成り立つ。大谷の事例は、MLB機構および球団オーナー側に対する格好の攻勢材料となりうるわけだ。
選手会側代理人の「背信行為」
こうした視座の違いが、2026年12月1日午後11時59分(米東部時間)に失効する団体交渉協約(CBA)を前に、労使双方が“牽制球”を投げ合う構図を一層先鋭化させている。
追い打ちをかけたのが、MLBコミッショナーのロブ・マンフレッド氏に対する「情報工作疑惑」だ。
MLBコミッショナーのロブ・マンフレッド氏(写真:Imagn/ロイター/アフロ)
2020年のコロナ禍に行われた選手給与を巡る協議の過程で、当時MLBPAに所属していた代理人のジム・マレー氏がマンフレッド氏の意向を受けて選手会内部の情報をMLB機構側へリークしていたとの疑いが、ニューヨーク・タイムズ傘下のスポーツ専門サイト「ジ・アスレチック」など複数メディアの報道で表面化した。日本国内ではほとんど報じられていないが、選手会は即座に「極めて露骨な背信行為」「到底許されない」と強い声明を出し、その波紋は今も収束していない。
問題は単なる“1人の代理人の逸脱行為”にとどまらない。制度の透明性と中立性を担保すべきコミッショナーサイドが選手側の意思形成プロセスに介入していた可能性が浮上したことで、交渉の土台となる信頼関係そのものが崩れかねない。このような局面に突入した点はMLB全体にとって由々しき事態だ。