米球界の法務事情にも通じる前出の関係者は「交渉が正常に進行するための前提条件が破壊された。選手会が強硬姿勢へ傾く可能性は高い」と警鐘を鳴らす。

現在の団体交渉協約が切れる2026年末からのロックアウトにも現実味

 この信頼の空洞化の上に浮かび上がるのが、大谷の“後払い契約”である。労使双方が制度改革の「象徴案件」を必要としている局面で、2023年当時「MLB史上最大」と言われた契約構造は論争の中心へと引き寄せられざるを得ない。リーグの公平性、収益分配、財務健全性――あらゆる論点を一つの案件に集約して語るには、大谷とドジャースの契約ほど「説明力のある素材」は他に見当たらないからだ。

 かつてナショナルズやレッズでGMを務めた経験を持つ前出「ジ・アスレチック」のジム・ボウデン記者も「制度の歪みを論じる上で、大谷とドジャースの後払い契約は最も分かりやすく、最も象徴的な存在だ。選手会にとっては攻撃材料になり、オーナー側にとっては最大の警戒案件になる」と指摘している。

 もちろん、大谷本人に一切の非はない。ルールに則った形で、選手としてのキャリアとチーム事情を最大限に両立させようとした結果の契約であり、経済的観点からの合理性も十分に説明できる。

 だが制度論が「象徴」を求めるタイミングにおいて、スター選手の契約が“祭壇”の上に載せられてしまうのは、MLBの歴史が何度も繰り返してきた光景でもある。1994~95年のロックアウト(ストライキ)を想起する声が増えつつある背景には、こうした象徴性の高まりがある。

 マンフレッド体制への不信が進めば進むほど、オーナー側は財務情報の透明化を求められ、選手会は契約の自由度を確保しようと対立を強める。その間隙に大谷の“極端なモデルケース”が置かれることで、議論は一気に複雑化する。球界関係者の中には「ロックアウトが不可避な段階に入りつつある」と厳しい見立てを示す声もある。