その努力が認められ、安治川部屋の門が開き、2023年秋場所で初土俵。以降、ヤブグシシンもとい、安青錦は休む間もなく階段を駆け上がった。

2023年9月、前相撲で初土俵を踏んだときの安青錦(写真:産経新聞社)

 今場所も千秋楽での琴桜戦、豊昇龍戦を含む多くの取組で、低い立ち合いからの“前圧力”が決め手となった。“押し相撲の正統進化型”とも評せる動きに角界有識者や評論家、多くの好角家たちから「これが本当に外国出身力士なのか」と驚きの声が漏れたほどだ。

「千代の富士の出世を思い出す」

 安治川親方(元安美錦)は安青錦の吸収力の早さに「教えた瞬間に翌日には習得する。まさに天才」と思わず舌を巻く。兄弟子たちも「稽古終わりに最後まで残っているのは、いつも安青錦」と証言する。技術と語学と文化の吸収――すべてが異様な速度で同時進行していた。

 日本語習得の速度も特筆すべき点だ。来日から2年で通訳も不要となり、複雑な表現も自在に使いこなす。「相撲を理解するには日本語が必要」という信念が、技術向上と語学習得の双方を押し上げていった。

 千秋楽のNHK解説席で、元大関の琴風豪規氏は思わずこう漏らした。

「千代の富士の出世を思い出す」

 これは単なる賛辞ではない。「昭和の大横綱」千代の富士が平幕から頂点へ駆け上がっていったとき、角界は“重力が変わったような速度”を経験した。その既視感を、安青錦の動きに見てしまったのだ。