カンヌ映画祭ノミネート決定直後に起こった悲劇
私はこの映画を観ながら、次第に嫌な予感が募ってきた。
私が思い出していたのは、今年に入ってからのニュースだった。
今年3月、アカデミー賞の長編ドキュメンタリー賞を受賞したのが『ノーアザーランド』だった。パレスチナ人とイスラエル人の2人の男性が共同で監督して撮った映画の焦点は、ヨルダン川西岸地区における、イスラエルによる暴力的な入植と、それによって放逐されていくパレスチナ人の苦悩だった。
受賞の直後、イスラエル軍が、パレスチナ人の共同監督の男性の家を攻撃して、パレスチナ人の監督は大ケガを負う。救急車を呼んだが、兵士が救急車での搬送を邪魔し、彼を拘束する。一時は所在不明と報じられるも、翌日、釈放される。
男性は、拘束されるとき、兵士たちが、彼の名前に交じって、「オスカー」と言うのを聞き、「攻撃と拘束は映画に対する復讐だった」、と英ガーディアン紙に語っている。
この映画のエンディングは、ファルシがファトマに、この映画がカンヌ映画祭のインディペンデント映画普及協会(ACID)部門にノミネートされたことを伝え、ファトマにもパリに来るようにとお願いするところで終わる。
その知らせの翌日、ファトマと一家がイスラエル軍の攻撃によって殺される。5階建ての建物で、ファトマと家族が住んでいた2階に住んでいた場所だけを狙って、2発のミサイルが撃ち込まれた結果だった。
イスラエル軍の公的な声明は、家族の中に「ハマスのメンバーが1人いた」ためというもの。まぁ、映画が理由であったとしても、ファトマが映画に出演したので、殺しました、とは国際社会の手前もあり、言えないだろう。
しかし、私の中では、ファトマがこの映画に出演し、その作品が大きな映画祭においてノミネートされたことが、殺された一因ではなかったのか、という疑問は拭いきれない。公平を期して言えば、ファトマは生前、実名でSNSなどを通して戦禍の写真を発信していた。そのために、以前からイスラエル軍に目を付けられていたという可能性もある。
だが、監督のファルシ自身が、ネット媒体の取材にこう答えている。
「私は罪の意識さえ感じています。映画のノミネートが発表されたことで、イスラエル軍が彼女を狙ったことも考えられるから」
ガザの苦悩と、パレスチナ人の誇りとを感じさせる秀作であることは間違いない。ただ、映画の公開を、この戦争が終わるなり、ファトマが海外に脱出した後にすることはできなかったのか。そうすれば、ファトマも生き続けることができたのかもしれない。
映画を観終わったとき、私はどうしてもそうした思いを拭うことができなかった。

『⼿に魂を込め、歩いてみれば』
2025 年12 ⽉5 ⽇(⾦)ヒューマントラストシネマ渋⾕ほか全国順次ロードショー
登場⼈物:セピデ・ファルシ、ファトマ・ハッスーナ
監督:セピデ・ファルシ プロデューサー:ジャヴァド・ジャヴァエリー
製作:Reves dʻEau Productions、24images Production
配給:ユナイテッドピープル







