次のトキのセリフが、彼女と雨清水家、松野家との関係を端的に言い表した。トキが両家をどう思っているかは観る側にとっても興味あることだった。
「母上が物乞いしちょったら、同じことするに決まっちょる……」。トキは両家の家族の名前を一人ひとり口にして、誰が物乞いをしていようが、すべて自分が助けると言った。トキのキャラクターも鮮明になった。
トキが両家を等しく愛していることが分かった。事実、トキのモデルの小泉セツ子は八雲と結婚後も養家の家族と同居し、実母にずっと仕送りを続けた。
第35回ではトキの長セリフが初めてあった。タエと三之丞に関すること、フミら家族の話である。
もともとこの物語には長セリフがほとんど存在しない。第6週(第26~30回)は2回だけ。まず第27回(11月4日)。遊女・なみ(さとうほなみ)によるラシャメンの説明だった。もうひとつが第30回(同7日)。三之丞がトキに窮状を説明した場面である。
ともに約1分。トキの長セリフは倍の約2分あった。長セリフが少なく、トキのほうは初めてだった分、迫力があり、印象深かった。ふじき氏の計算どおりだろう。
決して忘れない「笑いの要素」
第35回はシリアスな話がぎっしりと詰め込まれた。そのまま終わるのが朝ドラの定石だが、ギャグもしっかり入れてきた。不自然さもなかった。これがふじき脚本である。しかもギャグは3つだ。
まずトキが養祖父の勘右衛門(小日向文世)から黒檀の木刀を渡される。「あすから持って行きなさい」。ヘブンから襲われたときのためだ。トキは断るが、勘右衛門は引かない。
「使い方分からないし……」とトキが言うと、勘右衛門は「だったらワシが稽古を付ける」と提案する。トキと家族は驚きの声を上げた。表向きはトキが忙しくなってしまうからだが、それより大きかったのは山根銀二郎(寛一郞)のこと。
トキの夫だったものの、勘右衛門の厳しい稽古のせいもあって出ていってしまった。勘右衛門の稽古は禍の種。それを本人はすっかり忘れている。観る側はクスリとなった。