次のキャグはこの物語のコメディリリーフ・司之介(岡部たかし)に関するもの。トキの養父だ。三之丞が金を受け取り、松野家がトキの女中勤めに納得すると、「これで少しは暮らしが楽になるかぁ」と呑気(のんき)に漏らした。
すかさずフミが「あー、でも仕事は辞めないでくださいよ」と釘を刺す。牛乳配達である。司之介は「辞めるわけないじゃろ。まだ借金が信じられないくらいあるんだから」と否定したものの、フミは「どさくさに紛れて仕事辞めるのかと思ったわ」と厳しい言葉をぶつけた。ダメな男なのである。
司之介は再度、否定するが、勘右衛門が「こいつは昔からそんなところがあるからのぉ」とダメを押す。トキとフミも同調した。司之介は憮然(ぶぜん)とする。このやり知りにニヤリとなった。司之介をコメディリリーフに仕立てたふじき氏の作戦勝ちだ。
「お笑い」をしっかり学んだ成果が
3つ目のギャグは目立たぬものだったが、愉快だった。三之丞がトキとフミから怒声を浴びせられたあと、松野家は和気あいあい。三之丞の存在は忘れられた。松野家を前にして三之丞はどうすればいいのか分からない。所在なげになった。困った表情が面白かった。途中で誰かが忘れられてしまうのはコントの定番だ。
この物語が笑えるのは、ふじき氏の考える言葉と間が計算ずくだから。笑わせるのは泣かせるよりはるかに難しい。同氏は早稲田大学在学中にNSC(吉本総合芸能学院)でお笑いを一から学んだ。同大卒業後はコントも勉強した。お笑いのプロなのだ。
ふじき氏はその後、不条理劇の第一人者だった大物劇作家・別役実氏に師事する。だから構成やシリアス部分にも隙がない。ふじき氏の基本的な作風は松尾芭蕉の句の一節と同じく、「おもしろうてやがて悲しき」。それは代表作の1つであるテレビ東京「バイプレイヤーズ」(2017〜21年)でも貫かれていた。
ギャグはほかにもふんだん。中でも傑作だったのは第32回(11月12日)のもの。家族に黙ってヘブンの女中になったトキは「花田旅館で働く」とウソを吐く。旅館の人にも協力を依頼した。もともとヘブンが泊まっていた旅館である。
トキはヘブン宅へ出勤する前、まず花田旅館に立ち寄った。そこにコメディリリーフ・司之介が登場する。牛乳を配達するためだ。
「至らぬ点もあると思いますが、よろしくお願いいたします」とトキのことを頼む。普段は気が利かぬくせに余計なことをする。
トキは司之介には「うん、うん」と笑顔で接し、振り返ると旅館の面々に話を合わせてくれるよう表情で頼んだ。司之介と旅館の人たちに違う顔を見せなくてはならないから、クルクルまわり、まるでダンスのようだった。もちろん、ふじき氏は最初から狙っている。