21世紀のデジタル世代が共感

 この点において、ルソーは意図せずして20世紀以降のアートである超現実主義、抽象表現、さらには現代のアニメーション美術にまで連なります。

 内面を描く芸術の原点を切り開いていたと言えるでしょう。実際、MoMAの展示室では若い来館者が多く、スマートフォンをかざしてルソーの絵を撮影していました。

 誰もがSNS世代の感覚でこの絵を見ているのです。そのことが私には象徴的でした。

 19世紀の「夢」が、21世紀のデジタル世代にとって最も“新しい”ビジュアルとして受け入れられているのです。

 芸術の本質は、時代を越えて心のリアリティを映すことなのだと、その光景が教えてくれた気がしました。

 ルソーは生前、ほとんど評価されませんでした。正統派の画壇からは無視され、同時代の評論家たちは彼を無知と切り捨てました。

 しかし1905年、お金を払えば無審査で誰でも出品できるサロン・デ・ザンデパンダン(独立展)に出品した作品が、若き前衛芸術家たちの目に留まります。

 彼らはその拙さの中に、純粋な創造の光を見ました。その中でもルソーを最も高く評価したのが、若きピカソだったのです。

 1908年、ピカソはルソーを自宅のアトリエに招き、ルソーの晩餐会を開きました。そこにはアポリネール、ドランなどの芸術家たちが集まり、ルソーを称えたのです。

 ピカソは言いました。

「我々は皆、アンリ・ルソーの弟子だ」

 ピカソが尊敬したのは、技術ではありません。ルソーの絵には、時代や理論に左右されない誠実さがあったのです。

 それは上手く描こうとする欲望から解き放たれた自由でした。