AIはアート作品も生成してくれるが・・・(Pixabayからの画像)

高品質で均一から個性に戻る時代

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 日本企業が仕事の「量子化」、つまり細分化と標準化を進めてきたのは、戦後の高度経済成長期にまでさかのぼります。

 製造業が国の基幹産業であった時代、生産効率を最大化することが至上命題でした。

 作業手順をマニュアル化し、誰がやっても同じ品質が保てるようにしたのです。

 トヨタ自動車のカイゼン活動やQC(品質管理)サークルに代表されるように、個人の感覚ではなく、仕組みで品質を担保する思想が組織文化として根付いていきました。

 これは当時、極めて合理的な戦略だったのです。

 熟練工の勘や経験に頼るより、数値と手順で再現できる仕組みを構築すれば、品質のバラつきが消え、生産性が飛躍的に高まります。

 実際、このモデルによって日本製品は安くて高品質と評価され、世界市場を席巻しました。

 しかし、この成功モデルが、時代を経て「人間の創造性」を奪う構造に変わっていくのです。

 私がかつてシャープの仕事をしたときに、現場のリーダーがこんな話をしてくれました。

「新人教育ではマニュアルを徹底させます。けれど、ベテラン社員が独自の工夫をすると、それが手順外として注意されるんです」

 彼の目には、どこかやるせなさがありました。生産性を上げるために作ったルールが、いつの間にか現場の創意工夫を排除するものになっていたのです。

 効率化を突き詰めると、個人の判断を排除し、誰でも同じ結果を出せるようになります。つまり人を機械に近づけることになるのです。

 そして皮肉なことに、この人を機械化する努力が、今度はAIに人を置き換える条件を整えてしまいました。