ラフカディオ・ハーンとの出会い
1882年冬、エリザベス・ビスランドは、ラフカディオ・ハーンの記事『死者の愛』に深い感銘を受けてジャーナリストを志ざし、ニューオーリンズを訪れた。
そして、何とかハーンに会い、賛辞を伝えたという(エドワード・ラロク ティンカー著 木村勝造翻訳『ラフカディオ・ハーンのアメリカ時代』)。
エリザベス・ビスランドは21歳、ラフカディオ・ハーンは32歳の時のことである。
ラフカディオ・ハーンはエリザベス・ビスランドのあまりの美貌に唖然とし、話しかけることすらできなかったという。
その後、エリザベス・ビスランドは新聞の記事を書きはじめ、間もなくタイムズ・デモクラット社の正社員に迎えられている(E.スティーヴンスン箸 遠田勝翻訳『評伝ラフカディオ・ハーン』)。
美貌と文学的才能に恵まれたエリザベス・ビスランドは、すぐにニューオーリンズの社交界の花形となった。
ハーンはエリザベス・ビスランドに惹かれ、憧れを抱いたが、彼女に対して積極的な行動はとらなかったという(筑摩書房編集部『小泉八雲 ──日本を見つめる西洋の眼差し』)。
しかし、秘められた書簡においては、エリザベス・ビスランドへの想いを、包み隠さず打ち明けることもあった(平川祐弘監修『小泉八雲事典』)。
こうして、エリザベス・ビスランドとハーンの不思議な関係がはじまった。