アメリカ撤退の空白を素早く埋める中国
──報告書には、アメリカの援助がなくなることで生じる空白を中国が素早く埋めつつある事例もあげられています。たとえば、バングラデシュのコックスバザールにいる4万5000人のロヒンギャ難民のために、3カ月分の食糧を賄うのに十分な資金を中国が速やかにWFPに拠出したことなど。アメリカの空白を中国が埋めていくことは日本のODAだけでなく、ビジネスにとっても影響があるのではないでしょうか?
スレシンジャー:影響はあると思います。先日もカンボジアの人と話をしていた時、アメリカの支援がなくなれば「中国に頼るしか選択肢はない」と告げられました。こうしたことがアジア、アフリカ各地で広がれば日本のビジネスにとって好ましいことではないはずです。
たとえば、デジタル分野で先行する企業がルールを決めてしまえば、後から参入する企業はそれに縛られることになります。あるいは、日本が高品質で透明性の高いODAやビジネスを提供しようとしても、他国が質の低い安価なサービスを不透明な商取引で持ち掛ければ競争は難しいものになるでしょう。
つまり、対外援助は援助だけの問題ではなく、一国のソフトパワーであり、極めて戦略的なものなのです。それを私たちはアメリカの人々にもっとわかってもらうための説明を丁寧にしなければならないし、日本の人にも理解してもらいたいと思います。
──自国内にもさまざまな問題がある時に他国を援助しようというのは、なかなか理解されにくいことかもしれません。たとえば、子どもに「どうして他の国を支援するのか?」と聞かれたらどう答えますか?
スレシンジャー:まず、困っている人がいるなら助けるのは、基本的な倫理だと思います。その上で、一国が繁栄するためには他の国も繁栄している方がいいし、同盟を築くことを考えると、対外支援は比較的小さなお金で戦略的に大きな利益を得られるものでもあります。
多くの人が誤解しているのですが、アメリカの対外援助は連邦予算のわずか1%以下です(注:全世界のODA予算の約25%をアメリカが賄ってきたことを、連邦予算の25%と誤解している人が多い)。それで信頼を得て、価値観を共有する仲間を世界に増やすことができる。日本はこのことを理解して、他国への援助を増やしてきました。
残念なことにヨーロッパでは今、防衛予算が増える一方でODA予算が減る潮流がありますが、日本はこの流れに乗って欲しくない。今は、ほんのわずかでも逆にODAを増やすことで、評価を高めることのできるチャンスでもあるのです。将来を見据えて、日本にはここでリーダーシップを発揮してもらいたいと思います。
ジェイコブ・スレシンジャー
米日財団 代表理事
ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)紙で30年以上、ワシントンDC、東京、デトロイトで記者・編集者として勤務した後、米日財団に加わった。 WSJ紙では経済と経済政策を担当し、選挙やサミット、貿易戦争や市場の暴落、労働ストライキ、9・11テロ、そして2011年3月の東日本大震災・津波、福島原発メルトダウンの3つの被災などについて報道。インターネット・バブルとクラッシュに関する報道で2003年にピューリッツァー賞を受賞したジャーナルのチームのメンバーでもある。2014年には、スタンフォード大学のショーレンスタイン・ジャーナリズム賞を受賞。この賞は、アジア太平洋地域の複雑な問題に対する読者の理解向上に貢献したジャーナリストに毎年贈られる。WSJの東京支局長、ワシントン副支局長、グローバル金融規制担当編集長を歴任した。著書に『Shadow Shoguns: The Rise and Fall of Japan’s Postwar Political Machine』がある。
草生 亜紀子(くさおい・あきこ)
ライター、翻訳者。産経新聞、ジャパン・タイムズ、新潮社などを経て独立。文筆業と並行して、NGOピースウィンズ・ジャパンでウクライナ支援などの仕事にも携わる。著書に『理想の小学校を探して』『逃げても、逃げてもシェイクスピア 翻訳家・松岡和子の仕事』。中川亜紀子名での訳書に『ふたりママの家で』がある。


