図1 『万福和合神』(葛飾北斎、文政4年)、国際日本文化研究センター蔵
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(永井 義男:作家・歴史評論家)

江戸の常識は現代の非常識? 江戸時代の庶民の生活や文化、春画や吉原などの性風俗まで豊富な知識をもつ作家・永井義男氏による、江戸の下半身事情を紹介する連載です。はたして江戸の男女はおおらかだったのか、破廉恥だったのか、検証していきます。

町娘もアダルトグッズをよく知っていた

 現在、性行為の悦楽を増進する、あるいは性機能を補強するための媚薬や性具などをアダルトグッズと総称している。ラブ・グッズやセックス・グッズという言い方もあるようだ。また、こういった品々を販売する(通販も含む)店はアダルトショップと呼ばれる。

 図1は、江戸の性具・媚薬の一覧であり、壮観といおうか。江戸の性文化は世界の最先端だったと言いたくなる。

 さて、四ツ目屋は、江戸の両国薬研堀に店を構えていた、いわゆるアダルトショップである。戯作『娘消息』(曲山人著、天保七年)に、次のような場面がある。

 十四、五歳のおべそ、十六、七歳のお初はともに中流の町娘である。ふたりで嫁入り先はどこがいいかなどと他愛ない話をしているうち、おべそが両国の商家がよいと言った。お初が店の名を尋ねると——

べ「あれ、おまえも勘のつけどころが悪いねえ。何だわね、あれ、それえ、四ツ目屋だわね。おほほほほ」

初「おやおや、そりゃあ、あの長命丸を売る内だね」

べ「ああ、あそこにはね、井守の黒焼だの、何かがたんとあると言うから」

初「おやおや、嫌だねえ。そうして、まあ、井守の黒焼がたんとあったら、何におしだ」

べ「そうするとね、わたしゃ、好いた男にみな振りかけて、たんと色男をこしらえるわ」

初「おやおや、誠に浮気だねえ」

 江戸の、こましゃくれた若い娘の会話が生き生きと伝わってきて、何とも愉快である。長命丸と井守の黒焼は媚薬だが、くわしくは後述する。

 おべそとお初は、現在の満年齢にあてはめると女子中学生であろう。そんなふたりがアダルトショップの店名も、媚薬の商品名も知っており、何の屈託もなく冗談の題材にしている。もちろん、『娘消息』はフィクションだが、当時にあって、現代の中学生くらいの年齢の女の子が四ツ目屋や媚薬をあっけらかんと話題にするのは、けっして誇張ではなかった。民家のすぐ近くで営業していたからである。

 現在、各種の規制により、学校の周辺や住宅街にアダルトショップが店舗を構え、看板を掲げるなどはできない。たいていは歓楽街の一角で営業している。また、性具・媚薬の広告がテレビで放映されることもない。いわば「日陰者」となっている。もちろん、けっして日陰者として鳴りを潜めているわけでなく、宣伝するところでは大々的に宣伝しているのだが。

 ところが、江戸時代には、教育上あるいは風紀上の理由による性具・媚薬への規制はまったくなかった。おおらかといおうか、野放図といおうか。