現代も残る中国式の権力構造

 こうした手記は、記憶が曖昧で、話を面白く盛った部分も多いため、信憑性には注意する必要がある。

 だが、清の後宮の生活については、数多くの証言が残されているおかげで、後宮に風呂はなく行水や手ぬぐいで体をふくていどだった、やんごとない身分の人々も「官房」と呼ばれたおまるを使っていた、といった細かいこともわかるのである。

 紫禁城の大半のエリアは、「故宮」として一般にも開放されている。

 中国の後宮は消滅したが、清の後宮の敷地や建物、そこで使われていた器物、後宮の人々が着用していた衣服などは、今も博物館に現存している。また、西太后は晩年、写真に撮られることを好んだため、後宮の女性や宦官を撮影した写真も多く残っている。

 今後、君主制や後宮が中国で復活することはないだろう。けれども、かつての後宮のなごりや、外廷に対する内廷という巨大な密室を必要とした中国式の権力構造は、21世紀の今も残っているのである。

後宮 宋から清末まで』(加藤徹著、角川新書) 

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