記憶だけでいい。写真でいい。
わたしも死んだ父や母や兄にもう1回会ってみたいと思う。
だが神様が、実際に会わせてやろうかといっても、わたしは断るだろう。1回会ったところでどうしようもない。
ましてAI父、AI母、AI兄はいらない。記憶だけでいい。写真でいい。
政府はAI基本計画を年内に策定する。AIに対する日本の民間投資額は9億ドル(1300億円)、アメリカの投資額は1091億ドルで、日本の100倍だ。
「AI故人」はますます精緻精妙なものになり、いずれ実物とフェイクの見分けがつかなくなるだろう。となると、フェイクの意味もなくなる。
武田信玄は勝頼に、自分の死を3年間秘匿せよ、といい残した。1年ぐらいでばれたらしいが、現在なら「AI信玄」を作って可能かもしれない。
絶対、「AI故人」を悪用する者も出てくるにちがいない。
こういう技術は一旦出来たら、もう後戻りはしない。
「AI故人」サービスを利用する者も、ますます増えていくだろう(しかし日本人は中国人みたいに爆発的には利用しないと思われる。死生観がちがうからだ)。
これまでも生前に、参列者に自分で挨拶をしたいと考え、ビデオ録画で残しておきたいという人間がいた。
けれど、わたしはどっちも好きではない。
正解は出ないだろう。結局は、個々人の好き嫌いに帰着すると思われる。