〈破滅的医療支出〉であっという間に貧困に陥る
――がんも含め、医療の進歩によって病気や怪我で命を落とす人は減りましたし、治療をしながら働く制度を設ける企業も増えました。でも、患者の生活は健康な人と同じではありません。そうした実情と政府の見直し案で提示された「能力に応じた負担」は乖離しています。
勅使川原 私が扱っている組織開発では、個人に多くの〈能力〉を求めるのではなく、チームとしてそれぞれが発揮できる機能や特性を持ち寄ることで目的を達成することを考えます。人と人、人と職務の組み合わせを調整するわけです。取れそうなところから取るのではなく、誰が、どれくらいの負担に応じられるのかを丁寧に考えてもらいたい。そうしなければ治療をあきらめたり、家族や身近な人にしわ寄せがいったりすることが増えてしまいますし、あるはずの未来を潰すことにもなりかねません。仕事をせずにじっとしている方が〈負担〉が少なくなるという本末転倒もありえます。
――大阪医科薬科大学総合医学研究センター医療統計室室長の伊藤ゆり准教授は、WHOの定義する〈破滅的医療支出〉で考えると、家計の総消費額から基本的ニーズ(食費、住居費、水道光熱費など)にかかる基準額を差し引いた〈医療支払い能力〉の4割を超えると、貧困に陥るリスクが非常に高くなると指摘しています。*1
勅使川原 見た目の所得が高くても、病中病後の本人の状態や家族構成、家庭の事情によっては、本当にあっという間に立ち行かなくなります。当事者が生活に根ざした実情を発信することは、いかに大切なのかということにも気付かされました。
*1 「大きなリスク」に備える高額療養費 患者負担増ではない選択肢も(朝日新聞、2025年3月18日)
私にできる〈分け合う〉こと
――一般社団法人全国がん患者団体連合会(全がん連)、日本難病・疾病団体協議会(JPA)など当事者側の働きかけによって、見直し案は凍結されて今年の秋までに再検討となりました。
勅使川原 全がん連の天野慎介理事長をはじめとして、マスコミがほとんど報道しないうちから行動し、国会中も連日連夜活動してくださった団体や個人の皆さんには本当にありがとうございますと言いたいです。逆に、ここまで声をあげて行動しなければ、守ることができない制度なのだということも痛感しました。
高額療養費制度をめぐる経過(提供:共同通信社)
高額療養費制度は誰もが必要とする可能性があり、全員が当事者です。それを「高い薬品や治療を安く/お得に受けられる」だとか「優遇しすぎで、他の人(たとえば現役世代)は重い保険料を負担させられている」という文脈にしてしまうと、分け合うことではなく分断が進むだけです。