予想外の「遺伝性乳がん卵巣がん症候群」
乳がんで受診した大阪大学医学部附属病院で、「年齢が若いから遺伝性の乳がんの検査もしましょうか。親族に乳がんや卵巣がんの患者さんはいますか?」と質問された。家系的にがんが多いとは思っていなかったが、深く考えずに同意する。しかし、予想外のことに「遺伝性乳がん卵巣がん症候群」-Hereditary Breast and Ovarian Cancerの頭文字をとってHBOCと呼ばれることが多い-であることが告げられる。
BRCA1あるいはBRCA2という、がんを抑制する遺伝子に先天的な異常があるために、乳がんや卵巣がんなどになるリスクが上昇する疾患である。聞き慣れない病名だが、女優のアンジェリーナ・ジョリーと同じ、といえばピンとくる人がいるかもしれない。よく知られているように、アンジェリーナ・ジョリーは、この遺伝子に異常があったことを理由に乳房と卵巣の予防的切除術をうけている。この本の著者も、右側乳房のがんを手術する際、同時に左側の乳房も予防的な切除もうけられた。
乳がんについての解説-どのようなタイプがあるか、ステージ分類はどのようんになっているか-や、HBOCについての解説はきわめてわかりやすく、いかに病気のことをよく理解しておられるかが伝わってくる。検査の結果、ステージはおそらくⅡA、サブタイプはルミナルB型であることが判明する。ただし、実際には、術後の抗がん剤治療、放射線治療、ホルモン治療が必要な「再発高リスクである予後の悪い」ステージⅢの乳がんだった。
驚くほど明解に記された病状と治療の記録
HBOCの場合、乳房、卵巣、膵臓、皮膚、男性の場合は前立腺も、に悪性腫瘍(皮膚は悪性黒色腫)ができやすくなるので、それらのサーベイランス検査が推奨されている。その検査や、乳房再建の形成外科手術、将来の妊娠のための妊孕性温存治療(=受精卵の凍結)なども含めて、医学的なことはもちろん費用の面などについて、簡潔ではあるが過不足なく、驚くほど明解に記されている。かなりの専門家でもここまでうまく書けまい。哲学を学ぶトレーニングの威力を垣間見る気がした。
このあたりまでが、ご自身の病気の状況と治療についてを記した第一章だ。第二章からが、HBOCなどの遺伝性疾患についての哲学的、あるいは倫理的な考察である。というと難しそうに聞こえるかもしれないが、順を追って論理立てて書かれているので、とても理解しやすい。ただし、著者自身が書いておられるように、これはあくまでも、著者の自分事としての考えであって、必ずしも同意する必要はない。むしろ闇雲に同意することなく、批判的に読むのが正しい姿勢だ。