諸葛亮の像

 約1800年前、約100年にわたる三国の戦いを記録した歴史書「三国志」。そこに登場する曹操、劉備、孫権らリーダー、諸葛孔明ら智謀の軍師や勇将たちの行動は、現代を生きる私たちにもさまざまなヒントをもたらしてくれます。ビジネスはもちろん、人間関係やアフターコロナを生き抜く力を、最高の人間学「三国志」から学んでみませんか?

本稿は「 Japan Innovation Review 」が過去に掲載した人気記事の再配信です。(初出: 2025年9月9日)※内容は掲載当時のもの

天才軍師のイメージを持つ政治統治の天才、諸葛亮

 三国志を彩る人物の中でも、ひときわ輝きを放つ存在である諸葛亮。流浪する劉備軍団に彼が合流し、あれよあれよという間に天下を狙う一角にまで昇り詰めるスリリングな展開は、現代で三国志を読む私たちに、強い爽快感を与えるほどです。

 劉備と諸葛亮の出会いは、207年。劉備は184年の黄巾の乱から戦い続けながらも根拠地は未だなく、曹操に敗れて劉表を頼り、荊州にある意味で居候していた状態でした。劉備は161年生まれのため、諸葛亮との出会いは46歳のとき。諸葛亮は181年の生まれですから、わずか26歳です。

 諸葛亮は当時、荊州にその頭脳の明晰さと人格の高潔さで知られていましたが、ただの書生であり、政治的にも軍事的にもなんら功績はない立場でした。一方の劉備は、敗北が多いと言えど、呂布や曹操、袁紹などの軍閥のあいだを渡り歩いて戦闘を続けてきた人物です。

 戦乱の中を20年以上戦い続けてきた男である劉備が、諸葛亮という若者を信頼して右腕にしたことが、三国志の歴史を大きく変えるなど、その当時は誰にも想像ができなかったのではないでしょうか。

 この記事では、天才諸葛亮がその人生で成就した6つの大勝利の瞬間と、その理由を考察します。同時に、彼が自らの人生でどうしても苦手にした要素も浮かび上がらせていきます。