『あんぱん』でやなせたかしさんがモデルの柳井嵩を演じる北村匠海(写真:Pasya/アフロ)
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 朝ドラことNHK連続テレビ小説『あんぱん』の放送が70回台に入った。全135回になる見込みなので、折り返し地点を過ぎたが、評判が衰える気配はない。

 なぜ、視聴者を引き付けているのか。ドラマの質を決めるのは「1に脚本、2に俳優、3に演出」であり、その3つとも優れているからだ。どう優れているのかを前後編にわたって検証したい。併せて登場人物たちのモデルの実像にも迫る。(放送コラムニスト・高堀冬彦)

*前後編の後編。前編はこちら

河合優実の演技力にばかり話題が集中しがちだが…

 次に演技に触れたい。蘭子役の河合優実ばかり話題になったが、今田美桜の演技も見逃せない。のぶが国家教育者だったという重苦しい過去を一切感じさせないのは今田の演技力と持ち前の明るさから。嵩の背中を力強く押し続けるという設定も合っている。

 北村匠海は5年前から主役を務めている人。この物語で安定した演技を見せているのは当然だ。受け芝居(相手の演技に応じた演技をすること)の名手でもある。だから今田らは安心して絡めるだろう。

 河合の場合、豪と結婚を約束する1937(昭12)年の第29回に話題が集中した。一方で豪に召集令状が届いたことを知る第27回も圧巻だ。

『あんぱん』でのぶの妹・蘭子を演じる河合優実(WireImage/ゲッティ/共同通信イメージズ)

 勤め先の郵便局から帰宅した蘭子は普段通りの表情だったが、豪の手にしている令状を目にして驚愕の表情となる。次に視線は豪に移って、その表情を確認した。さらに家族を見回したあと、再び豪に目をやり、「おめでとうございます」と頭を下げた。その間、ほんの数秒。それなのに蘭子の衝撃や混乱、悲嘆が伝わってきた。

 演出にも言及したい。チーフ演出家の柳川強氏(60)は権威あるドラマ賞をいくつも取っている名匠。この物語でも観る側に気づかせない工夫をいくつもしている。その1つはシーソーの場面である。

 1927(昭2)年だった第2回から、のぶと嵩がシーソーに腰をかけるシーンが登場しているが、幼いころはのぶの顔の高さが常に上だった。のぶのほうが背が高かったからだが、力関係も表していた。のぶが嵩を守っていたからである。