『あんぱん』で主人公のぶを演じている今田美桜(写真:西村尚己/アフロ)
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 朝ドラことNHK連続テレビ小説『あんぱん』の放送が70回台に入った。全135回になる見込みなので、折り返し地点を過ぎたが、評判が衰える気配はない。

 なぜ、視聴者を引き付けているのか。ドラマの質を決めるのは「1に脚本、2に俳優、3に演出」であり、その3つとも優れているからだ。どう優れているのかを前後編にわたって検証したい。併せて登場人物たちのモデルの実像にも迫る。(放送コラムニスト・高堀冬彦)

*前後編の前半。後編はこちら

普通の人が軍国主義に染まっていく様子を丁寧に

 中園ミホ氏(65)による脚本で特に光っていたのはヒロインの若松のぶ=旧姓・朝田=(今田美桜)の敗戦前を国家主義者の小学校教師にしたところ。評価されるべき点は「戦争に加担する朝ドラヒロインは珍しいから」といった単純なものではない。

2018年放送の大河ドラマ『西郷どん』でも脚本を担当した中園ミホさん(左)。中央は主人公に起用された鈴木亮平さん、右は原作の林真理子さん(写真:共同通信社)

 のぶのモデルで、やなせたかしさんの妻だった小松暢さんの戦前の職業はよく分かっていない。一般人なので、よくある話である。のぶの敗戦前は中園氏が創作しなければならなかった。そこで中園氏はのぶに教師になる夢を持たせ、女子師範学校に入学させる。第21回、1936(昭11)年のことである。

 女子師範の学費は公費負担だった。のぶの実家・朝田家は経済的に豊かではないから、ありがたい話だった。学費の負担がないという設定を中園氏はごく自然に滑り込ませた。しかし、実際には重要なポイントだった。

 のぶの担任・黒井雪子(瀧内公美)は徹底した国家主義者だった。「みなさんには日本婦人の鑑たるべき女性教師になっていただきます」。のぶは子供たちに体育と学ぶことの楽しさを教えたかっただけだから、1年以上なじめなかった。

 もっとも、辞めたくてもそれは出来ない。家族の期待もあるが、学費が公費負担だからである。退学したら、それまでの学費の返還義務が生じる。隅々まで理屈が通るようになっていた。