「無駄なエピソードがない」という凄み
ほかにも中園氏の周到な計算はある。のぶは暢さんと同じく、1946(昭21)年に高知新報に入社する。その面接試験の際、編集局長の霧島了(野村万蔵)から過去に「愛国の鑑」と讃えられたことを厳しく問われた。この記事は高知新報のものだった。
のぶは考えをあらためたと訴えるが、霧島は「思想はそう簡単には変わらないんじゃないですか」と信じない。実は、霧島の言葉は自分たちに投げ掛けているようなものだった。敗戦前は軍部の言いなりだった高知新報が、紙面を一新すると主張するだけで、読者の信頼を回復できるのか。
のぶは主任の東海林明(津田健次郎)の強い推薦によって、採用される。東海林がこう熱弁したからだ。
「彼女は今の女性たちの代表と言ってもええ」
女性たちは戦時下の教育で国家主義にさせられた。そんな女性たちの将来の可能性を全否定していいのか、というわけである。高知新報も同じ。紙面を軍部に捻じ曲げられた。同社が再生できるのなら、のぶも生まれ変われるのである。
ドラマには物語を盛り上げるためだけのエピソードがよくある。しかし「愛国の鑑」と書かれた記事は違った。のぶと高知新報の敗戦前と後の変容を表すために欠かせぬ装置だった。のぶと同社を紐付けるものでもあった。
のぶの長妹・蘭子(河合優実)に関してはこんな計算が中園氏にあった。1等機関士・若松次郎(中島歩)と結婚したのぶが、次郎のカメラで朝田家の家族写真を撮ろうとした。しかし、日中戦争で戦死した蘭子の婚約者・豪と朝田家の大恩人であるパン職人のヤムさんこと屋村草吉(阿部サダヲ)はいない。1940(昭15)年、第48回である。
のぶが寂しげに「ヤムさんと豪ちゃんにもいてほしかった」と漏らした。すると、蘭子は明るい表情で「豪ちゃんはここにおるき」と左胸を叩いた。
愛する人は胸の中にいる。これは母親の羽多子(江口のりこ)が1937(昭12)年だった第28回、娘たちに話したことである。亡父・結太郎(加瀬亮)から羽多子への手紙にそう書かれていた。それを蘭子は覚えていた。この物語には無駄なエピソードがない。ほとんどのエピソードがあとの物語に繫がる。