
(柴山 多佳児:ウィーン工科大学交通研究所 上席研究員)
オーストリア公共交通の使い勝手がよい理由
前回までの記事では、公共交通機関の充実を通して社会課題を緩和・解決していくためには、社会課題ごとに異なる費用負担の「財布」の違いからくる「縦割り」と、国・都道府県・市町村という負担する行政の「階層の違い」を、うまく吸収する仕組みを制度的に作ることであると述べた。
では、そのためにはどのような社会制度を設計すればよいのだろうか?ここでは、日本において参考になりそうな例として、オーストリアの例を紹介しよう。縦割りや階層の違いを吸収する仕組みの構築という点で国全体で統一的に上手な制度設計をしており、参考となる点が多い。
なお、以下の説明はかなり簡略化して説明している。実際はこれよりはるかに複雑で、これを専門にする研究者がいるくらいである。しかし、本質を理解する上では差し支えない程度にデフォルメしている。
オーストリアでは、日本の都道府県に相当する州が9つある。それぞれの州が、「横ぐし」となる、縦割りと階層差を吸収するための公共交通専門組織を立ち上げている。ただし首都のウィーン周辺は州をまたぐ移動も多く、3つの州が合同で1つの専門組織を立ち上げている。したがって、全国に合計7つの専門組織がある。
この専門組織はドイツ語圏諸国での歴史的な経緯から「運輸連合」と呼ばれるのだが、オーストリアの場合、法人としては州政府がすべての株式を保有する特殊会社の形態を採っており、実態としては行政機関である。
なおドイツやスイスにも「運輸連合」という名称の組織があるが、オーストリアとは組織形態や役割が必ずしも同じではないので、注意が必要である。また「運輸連合」の歴史や役割は機を改めて取り上げたい。
このオーストリア式の運輸連合には様々な役割が与えられている。一つは管轄する域内の運賃統合で、鉄道・バスすべてが、運営会社を問わずに、同じ1枚の通しの切符で共通で列車やバスに乗れるようになっている。これは、運輸連合が主体となって提供する統合運賃制度のおかげで、運輸連合の最も古くからの役割だ。
運賃が統合されているということは、実際にはさまざまな鉄道会社やバス会社があっても、利用者にとってはあたかも一つのサービスのように見えるということである。

ある会社から別の会社に乗り換えても、初乗り運賃を改めて支払う必要はない。また市内全域や州全体といった広域で、月単位・年単位の定期券も同様に事業者を超えて設定されているが、利用者は個々の路線ごとの運営会社を気にする必要がなくなる。
この連載の初回で紹介した全国乗り放題クリマチケットも、制度設計上は州ごとの1年乗り放題パスを国全体で一つにつなげたものが基盤になっている。