ドイツ・バイエルン州のローカル線。鉄道インフラを管理するのは国が間接的に100%株式を持つ特殊会社のDB Infrastruktur、列車の運行を担うのは民間会社である(筆者撮影、以下同)
(柴山 多佳児:ウィーン工科大学交通研究所 上席研究員)
欧州では標準とされている「上下分離」
前回は、日本の道路や空港、港湾が公共のインフラとして公的資金で整備・維持管理され、公的主体が保有しているのに対して、鉄道インフラは鉄道事業者が保有し、自前で投資し、維持管理することが原則である状況について詳しくみた。
公的主体が整備・保有・維持管理し、民間や第三セクターの企業が運行を担当する「上下分離」の形態を採るのは、廃線の危機に直面して事業スキームを変革した地方鉄道や、国家プロジェクトである整備新幹線やごく最近の都市鉄道、そして空港連絡鉄道や一部の並行在来線といった、かなり例外的なケースであることも詳しくみた。
これと状況が大きく異なるのが、欧州各国の鉄道である。欧州の鉄道も、かつては上下一体のものだったのだが、現在では上下分離を基本に据えている。
欧州の制度の大枠は、こうだ。根本となるのはEUが今から約35年前となる1991年に定めた「指令91/440/EEC」で、加盟国政府はそれぞれ、鉄道の上下分離を制度的に確立することが求められている。
指令は、目的として域内市場の統一に伴う鉄道の統合と効率性向上を上位の目的に掲げつつ、そのための手法として「上下分離」の実施を重要な施策の一つに位置付けている。
ここで重要なのは、鉄道による輸送サービスの提供と、インフラの管理運営を分離することなのだが、会計上の分離をすることを義務付けておく一方で、法人としてまで厳格かつ完全に分離することは求めていない点で、これは後の議論にも関連する。
なおこの指令は2012年に別の番号の指令として大幅に改正されているが、本質的な点は現在まで変わっていない。
具体的に各国の様子を見てみよう。例えば、スペインはAdifという組織が鉄道インフラの管理にあたるが、これはAdministrador de Infraestructuras Ferroviariasの頭文字をとったもので、その名もずばり「鉄道インフラ管理機構」と訳すことができる。
Adifは同国の交通・持続可能モビリティー省(日本の国土交通省に相当)が持つ特殊法人である。Adifが所有し維持管理するインフラの上で、旧国鉄を承継したRENFEなどの旅客鉄道会社や貨物鉄道会社が列車を運行する。設備の更新や新線建設といった業務もAdifの業務である。
標準軌の高速鉄道と広軌の在来線が乗り入れるスペイン南部アンダルシア地方のコルドバ駅。駅の外側はインフラ管理機構であるAdifのロゴのみがつく。
チェコの場合は、Správa železnicすなわち「鉄道管理機構」という同様の法人があり、やはり国の機関の位置づけである。そのインフラの上で、旧国鉄を承継したČeské dráhy (ČD) や、Regiojetなど新規参入組の民間の他の様々な会社が列車の運行を行う。
チェコの鉄道路線の大半はSpráva železnicというインフラ管理機構の保有だが、その「上」でローカル線を運営する会社は旧国鉄であるČeské dráhy (ČD) 以外にも様々ある。写真のGW Trainもその一つで、バス事業や貨物運送も担う企業グループである。
スペインやチェコの場合は、インフラ管理機構と運行事業者が明示的に分かれている。
名称や体系がややこしい例もある。ドイツは、インフラの管理を行うのはDB Infrastruktur、オーストリアはÖBB Infrastrukturで、それぞれ同じロゴを使う鉄道運行会社が存在する。
オーストリアのウィーンから西へ延びる西部方面の本線は、インフラを管理するのはÖBB Infrastruktur。列車の運行は、旧国鉄であるÖBB Personenverkehrのほかに、2011年からWESTbahnという別の会社が長距離列車を運行している。
インフラ管理会社と運行会社は同じ企業グループに属していて兄弟会社の関係となるのだが、EU指令にのっとって会計を分離するべく別の法人となっている。
イタリアのRFI(Rete Ferroviaria Italiana)ように、グループ会社としてロゴは共通にしつつ、インフラ管理会社と運行会社の名称をはっきり分ける例もある。あとでまた触れるが、このような場合もグループ会社を優遇することは許されてない。
イタリアの駅の一コマ。運行会社の先頭にも、電光掲示板の間にある乗車位置案内にも、緑と赤の国の鉄道を表す「FS」のロゴが入るが、鉄道会社は運行会社のトレニタリア、駅の旅客案内である乗車位置案内はインフラ管理会社のRFIである。
ここで注意していただきたいのだが、欧州式の上下分離は、インフラ管理(下)は1社、そこで列車を走らせる会社は複数社あるという点である。上下が1対1で対応しているわけではない。
鉄道事業者としての免許を持っていて、さらに法人として安全運行ができるとの公的な認証を受けていれば、インフラの使用を申請し、使用料を払って実際に列車を走らせることが可能である。
したがって、同じ線路の上に複数社の列車が走ることになる。これは域内市場の統合を目指して、上述のEU指令が目指した内容である。
参入の自由化は貨物列車のほうが先行し、後に旅客列車についても法整備がなされた。貨物も旅客も、現在では実際に複数社が運行している箇所が多い。