天才マスクの「ウルトラC」
かつて、大統領選挙で民主党のヒラリー・クリントンやジョー・バイデンを支持していたマスク氏が、どうしてトランプ大統領に肩入れするようになったのでしょうか。
マスク氏の本心は彼自身以外は分かりませんので、あくまでも仮説にはなりますが、彼のビジネスをとりまく状況を見ていくと、「政商」としてトランプ大統領と抜き差しならない関係を結ぶことで、①EVビジネスの政策変更リスク、②中国政府による国産EV振興策への対抗、そして、③宇宙開発事業(スペースX)の受注拡大という、3つの課題に対処しようとしていたように思えてなりません。
①EVビジネスの政策リスク
EVシフトは気候変動問題に取り組むバイデン政権の目玉の一つでした。しかし、化石燃料の活用促進を目指すトランプ政権が誕生すると、EVシフトを促すこうした政策は大きく軌道修正される可能性が高まっていました。
また、テスラが得意とされる自動運転の開発・普及にあたっては、規制緩和が重要とされていました。このため、マスク氏はトランプ大統領と密接な関係を築くことで、トランプ氏が勝利した場合の自社に不利な政策変更の回避と、自動運転に関わる規制緩和を新政権に働きかける意図があったように思われます。
②中国政府の国産EV振興策への対抗
テスラの2024年の世界販売台数は約179万台ですが、うち、中国市場での販売台数は米国の約74万台に次ぐ約65.7万台に達します(図表3)。また、同社の上海ギガファクトリーは2023年には年間90万台を超えるEVを生産し、同社最大規模の生産拠点の一つとして重要な輸出拠点ともなっています。
【図表3:テスラの世界販売台数】

(出所)各種資料を基に三井住友DSアセットマネジメント作
つまり、テスラにとって中国は最も大切な販売・生産拠点であるとすることができます。そんなテスラは、国産EVビジネスの振興を推進する中国政府からすればライバルに他なりません。いつ理不尽な「干渉」や「意地悪」を受けてもおかしくない状況にあります。
このため、マスク氏はトランプ大統領の最側近の座を勝ち取ることで、「テスラに手を出すとトランプ大統領が黙ってないよ」といったけん制を効かせることができると考えていたのではないでしょうか。
③宇宙開発事業(スペースX)の受注拡大
マスク氏の手掛ける宇宙開発事業(スペースX、非上場)は、ロケットの打ち上げや国際宇宙ステーション(ISS)への輸送、衛星インターネットサービスの提供など、米国防総省やNASAから計約220億ドル(約3兆2000億円)の契約を獲得していると伝えられています。また、スペースXの衛星通信事業であるスターリンクは、米連邦通信委員会(FCC)から8億8550万ドル(約1280億円)の補助金を受けています。
さらに、米国の次世代ミサイル防衛網である「ゴールデンドーム計画」では、スターリンクが提供する衛星コンステレーション(大量の人工衛星を通信回線でリンクさせる運用形態)による大容量の高速通信網が、中核テクノロジーの一つとして注目されています。
米議会予算局(CBO)はゴールデンドーム計画の費用が20年間で約8310億ドル(約120兆円)に達すると試算していますが、マスク氏とすれば是が非でも受注したいプロジェクトとすることができそうです。こうした大規模な国家プロジェクトに有利な条件で参入するには、大統領をはじめとする政府との特別な関係が極めて重要とマスク氏が考えていたとしても、決しておかしくないでしょう。