住民の立ち退き、「法律で決まったことですから」
思い出すのは、立坑が掘られる原寺分橋下流右岸に暮らし、立ち退きを迫られている山口泰さんの話だ。2023年8月23日に都市計画の「変更素案」が初めて公表された数日後に、都職員の個別訪問を受けた。「立ち退きなんて、初めて聞く話なのに、職員が『この計画は法律で決まったことですから』と言ったんです」と途方に暮れながら話をしてくれた。
2018年に山口さんが「原寺分橋」「調整池」と計画を見せられたとしても、まさか我が家が「立坑」掘削のために立ち退きを求められることはなかっただろう。まして、社会的コストともいうべき、強いられる犠牲が、B/Cの算定で「コスト」にみなされないことも考えもつかないだろう。
山口さんはその後、立ち退きを求められる住民とシールドマシンによる掘削範囲で「区分地上権」が設定される地権者と共に「どんぐり公園周辺を考える会」を結成し、東京都に声を上げた。通称「どんぐり公園」もその一部が削られる範囲に入っている。
当初は計画の見直しを求めたが叶わず、2025年3月には小池百合子都知事に対して、財産権が侵害される住民に「聴聞の機会」を与えず都市計画決定前行ったのは違法ではないかと問うたが、回答は「説明会で意見を聞いた」というもの。
また、区分地上権が設定され地価が下がる可能性のある地権者への説明の欠如については、「説明会を開催し、来場者の皆様には一般的な説明を行った」、「説明を希望する権利者を対象とした説明は、説明会で使った資料で行う予定がある」旨の回答が来た。住民の心情にまったく寄り添わない回答だ。
20年に1度の洪水に対応する便益と、17年以上の歳月と事業費、そして人々の暮らしへの影響を含めたコストは見合っているのか。もう一度、問われる必要がある。

また、国土交通省は、今後、公共事業の補助金申請の要件に、少なくとも途上国のODA並みに、ステークホルダーを特定して「地域の人々が理解できる様式による」情報提供や早期段階での住民参加が必須であると盛り込むべきだ。住民が求めるB/C情報の公開は言うまでもない。そのテストケースとして、善福寺川の流域治水で試行してはどうか。