詳細なB/C情報を出さない東京都

 実は、善福寺川単体のB/C情報を出さない都から情報を得て、試算しようとしていた善福寺川流域住民がいた。現役時代は、政府開発援助(ODA)に従事した技術士の森川明夫さんだ。床上浸水被害を受けた経験がある。その時の被害額から考えて、被害家屋数をかけて計算しても、効果は1557億円を上回らないのではないか。技術士としての経験を活かし、都の担当者に情報提供を求めてきた。

「この事業については、7、8年前に調査報告書が4つぐらい出ていたんです。なぜ、調整池という事業に決まったのか。代替案を含めてB/Cをどう算定したのか。報告書を見ればわかるはずだ。見せて欲しいと1年前から言ってきました。本来、調査報告書が出た段階でステークホルダーに説明しなければならない。しかし、都は、詳細設計まで決めてしまってから初めて説明会を行った。だから、みんな怒り心頭なんです」と森川さん。

「ステークホルダー」とは、ODA事業では、必ず出る用語だ。日本語では単に「利害関係者」と訳されるが、それ以上の意味と重みを含む。

 国際協力機構(JICA)の「環境社会配慮ガイドライン」によれば、誰ひとり取り残されない観点から、「開発のあらゆる段階において、女性ほか社会的に脆弱な立場にある地域住民を含む社会の多様なステークホルダー」の参加を確保しなければならない。

 ステークホルダーの参加は事業の初期段階で必要とされる。ステークホルダーが必要とする情報が提供されるよう、相手国に積極的に働きかけることが求められる。その情報は「地域の人々が理解できる様式による資料」でなければならない。適切な合意形成のために、このような環境社会配慮をJICAは求めている。

「ODAなら、B/Cを算定して1以下なら、JICAは事業を取り上げない姿勢です。B/Cを明らかにするのは当たり前のこと。最初は『見せます』と言って時間稼ぎをされた。ところが裏切られた。それで開示請求をしたんです」(森川さん)

 便益は事業による浸水被害の軽減額で計算されるが、1回目の開示請求で得た情報は漠然としていた。より詳細に被害地域を示す地図や被害家屋数などの情報を求めて2回目の請求を行ったが、その回答に森川さんは「ドキドキした」という。「作成及び取得しておらず、存在しないため」「不開示」というのが、都建設局河川部の通知だった。

「こんなことってありえないですよ。被害軽減額を積み上げないと、『1.41』は出ない。それが『存在しない』と。では、説明会で『1.41』と出したのはなんだ。まったく無責任。河川部長の首が吹っ飛ぶ話だと、ドキドキしました」(森川さん)

 B/CのB(便益)の根拠が明らかにならない一方、C(費用)に対する疑問も高まっている。都が利用した「治水経済調査マニュアル(案)」では社会的なコストは考慮されていない。