蜜月はあまりにも短かった(5月30日オーバルオフィスで、写真:AP/アフロ)

380億ドルの政府契約破棄と脅され、シュン

 米国連邦政府の効率化でドナルド・トランプ大統領の懐刀だった億万長者イーロン・マスク氏が、トランプ政権が7月にも成立を目指す減税延長法案に噛みついたことから勃発した「トランプ・マスク戦争」は、あっけなく終結に向かっている。

 一時は「世界一の権力者vs世界一金持ち」の戦争とまで騒がれた。「その亀裂は深く、関係修復は困難」(CNN)とまで言われた。

 だが、大統領選での勝利に一役買った億万長者といえども、カネづるを絶つぞと、脅されてはぐうの音も出なかった。

 トランプ氏はこう脅した。

「米国の予算を削る最も簡単明瞭な手段は、これまでイーロン(ファーストネームで呼び、一応愛着心は残していた)にやっていた助成金を止め、イーロンが経営する企業が受注してきた契約を破棄することだ」

 トランプ、バイデン両政権は、マスク氏が経営するEV(電気自動車)「テスラ」や宇宙事業「スペースX」に過去20年間で連邦政府との契約、助成金で約380億ドルを出してきた。

Elon Musk’s business empire is built on $38 billion in government funding - Washington Post

 それを止められては、さすがにマスク氏もたまったものではない。「歳出法案」に反対どころではなくなってくる。

 トランプ氏から一目置かれ、またマスク氏が「First Buddy」(最初にできた相棒)と呼んでいる超保守のインフルエンサー、ローラ・ルーマー氏は、新たな動きをこう皮肉っている。

「『壮大で美しい法案』は、壮大で美しい絶縁にもかかわらず生き残りそうだ」

 友人2人の助言もあってか、マスク氏は6月7日、脅しとしてちらつかせた「エプスタイン・ファイル」*1に触れたSNS「X」(同氏が所有する旧ツイッター)の投稿文を削除した。

「全面降伏への序曲だ」(主要メディアの政治記者)

*1=「エプスタイン・ファイル」とは、2019年7月、億万長者のジェフリー・エプスタイン氏が100人を超える未成年の少女を性的に虐待し、人身売買組織を立ち上げ、著名人たちに買春させていた罪で逮捕、起訴され、審理中、拘留所で自殺した案件の捜査記録文書。議会は再度同文書の完全公開を要求してきたが実現していない。エプスタイン氏はトランプ氏とは家族ぐるみの付き合いがあったとされている。

大規模で言語道断な、バラマキ法案

 マスク氏のSNS上での下剋上の経緯はこうだった。

 マスク氏はまず、上院で審議中の「歳出法案」(トランプ氏は「壮大で美しい法案」=One Big Beautiful Bill Act=OBBBA=と名付けている)が、自らが手掛けた政府予算削減案に反するものだ、とSNS上で(トランプ氏ではなく)米議会共和党議員の面々を批判した。

「申し訳ないが、これ以上は耐えられない。この大規模で言語道断な、バラマキだらけの歳出法案は、むかつくほど嫌いだ」

(This massive, outrageous pork-filled Congressional spending bill is disgusting abomination)

「この法案に賛成する者は恥を知れ。自分自身は間違いだと分かっているはずなのに、米議会は米国を破綻させようとしている」

 これに対して、反論したのは共和党幹部ではなく、トランプ氏だった。

「イーロンとはグレートな関係を結んでいる。だが、それがこれからもずっと続くかは分からない。私は今、彼に非常に失望している」

「私はイーロンをずいぶん助けてきた。彼は今まで私について悪口を言ったことはない。だがこれからどうなるのかは分からない」