目先の金額にばかり目を奪われる“月給マニア”に足りない情報収集力
賞与は基本的に臨時的な給与であるため、業績が悪い年には支給を見送ることが可能です。しかし、それを月給に組み込むと、業績が悪化したからといって安易にカットすることはできません。社員に対する一方的な不利益変更だと見なされる可能性があるためです。
会社にとって賞与の月給化は、固定された給与として支払い続ける金額を増やすことを意味します。そのため、いざとなればカットしやすかったはずの臨時給与というのりしろを放棄するリスクを背負うことになるのです。
そんなリスクを回避し、かつ思い切った金銭報酬を提示するのであれば、業績に応じて賞与を大胆に増額する仕組みの方が導入しやすくインパクトも出しやすいかもしれません。最近では、第一生命ホールディングスが株式報酬と合わせ臨時給与を最大で800万円程度支給することを検討していると報じられました。これもまた、合理的な選択肢と言えます。
それでも、採用競争という市場原理が働くことを踏まえると、初任給など求職者の目を引きやすい月給の引き上げ機運は今後も高まっていきそうです。就職活動中の学生さんをはじめ、求職者にとってこうした動きは魅力的に映るかもしれません。
しかし前述の通り、月給額の多寡だけでなく、年収や生涯年収といった観点も踏まえて慎重に見極める必要があります。また、会社の良さを判断するには数多の検討要素があり、金銭報酬はあくまでその一部に過ぎません。
例えば、職務内容や将来的な役職経験の可能性など、自分が望むキャリアを実現できる会社かどうかという観点も重要です。さらには有給休暇が取得しやすい環境か、育児休業や介護休業などの制度が整備され、職場文化的に取得が可能かどうか、テレワークできる環境が備わっているか──などといった要素は、入社後の働きやすさを左右します。
他にも、一緒に働く人たちが醸し出す職場の雰囲気や財務状況の健全性、事業の将来性なども大切でしょう。会社を選ぶ際には、自身の現在だけでなく将来像も思い描きながら、必要な条件がそろっているかどうかを総合的に判断する情報収集力が求められます。
一方で会社側も、月給の引き上げにばかり腐心するのではなく、年収や生涯年収なども含めた給与体系、さらにはキャリア形成支援や働きやすい環境の整備といった総合的報酬を設計して働き手に提示する必要があります。
これらの情報は、月給額のようにインパクトのある数字だけで示されるものではなく、求職者が全体像を把握するのは容易ではないかもしれません。しかし、多くの会社が採用したいと考えるのは目先の金額にばかり目を奪われてしまう“月給マニア”ではなく、綿密に情報収集した上で自社を選んでくれる求職者なのではないでしょうか。
【川上 敬太郎(かわかみ・けいたろう)】
ワークスタイル研究家。1973年三重県津市生まれ。愛知大学文学部卒業。大手人材サービス企業の事業責任者、業界専門誌『月刊人材ビジネス』営業推進部部長 兼 編集委員、調査機関『しゅふJOB総合研究所』所長のほか、広報・マーケティング・経営企画・人事部門等で役員・管理職を歴任し厚生労働省委託事業検討会委員等も務める。雇用労働分野に20年以上携わり、仕事と家庭の両立を希望する主婦・主夫層を中心に5万人以上の声を調査・分析したレポートは300本を超える。NHK「あさイチ」「クローズアップ現代」、テレビ朝日「ビートたけしのTVタックル」等メディア出演、寄稿多数。現在は、『人材サービスの公益的発展を考える会』主宰、『ヒトラボ』編集長、しゅふJOB総研 研究顧問、すばる審査評価機構株式会社 非常勤監査役のほか、執筆、講演、広報ブランディングアドバイザリー等の活動に従事。日本労務学会員。男女の双子を含む、2男2女4児の父で兼業主夫。